Pierry / ピエリー

ピエリーは「石だらけの村」という地元の格言通り、コトー・シュッド・デペルネで唯一プルミエ・クリュに格付けされた村です。エシェル・デ・クリュ90%は地区内で最高評価。畑の半分近くを占めるピノ・ムニエが、芳醇でふくよかな味わいを生み出します。一度味わえば、その個性に引き寄せられるはずです。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Épernay
郵便番号 : 51530
面積 : 5.16 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Épernay, Cuis, Chouilly, Moussy, Monthelon,

「Pierry」のぶどう畑

テロワールVallée de la Marne
- Côteaux Sud d'Epernay
格付け90% Premier Cru [?]
栽培面積109.8 ha
- Chardonnay38.7 ha (35.2%)
- Pinot Noir19.8 ha (18%)
- Pinot Meunier50.8 ha (46.3%)
- その他0.5 ha (0.5%)

特徴

ピエリーのシャンパンは、畑の半分近くを占めるピノ・ムニエ由来の、丸みのある果実味とまろやかな口当たりが持ち味です。アンリ・マンドワが手がける「ル・クロ」は、村内の石垣に囲まれた1.5haの単一畑で育つピノ・ムニエ100%をオーク樽で醸造した個性派キュヴェ。ヴォレローの「キュヴェ・マルグリット」のように、シャルドネを主体にした上品な仕上がりのキュヴェもあります。気取らず食事に寄り添うやさしい味わいは、特別な日だけでなく、普段の食卓にもおすすめです。

テロワール

ピエリーの畑はエペルネ西側に広がる丘陵の南東向き斜面に位置し、コトー・シュッド・デペルネの中でも特に日照条件に恵まれた立地です。畑の品種構成はピノ・ムニエが約46%と最も多く、シャルドネが約35%、ピノ・ノワールが約18%と続きます。コトー・シュッド・デペルネの中でエシェル・デ・クリュ90%を獲得しているのはピエリーのみで、地区内の他の村々は88%にとどまります。これは、斜面の形状が比較的均一で、石灰質を多く含む土壌が広い範囲に安定して分布していることが評価の差につながったとみられています。こうした水はけの良い均質な土壌が、ピノ・ムニエ由来のふくよかな果実味を毎年安定して引き出す土台となっています。

詳細

ピエリーヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区の中でもコトー・シュッド・デペルネと呼ばれるサブリージョンに位置するプルミエ・クリュ村で、この地区で唯一プルミエ・クリュの格付けを持つ。エペルネの市街地南西に接し、住宅地と畑が連続する立地が特徴である。村内には小川ル・キュブリが流れ、マルヌ川に合流する。村の面積は516ha、人口は約1,179人(2013年時点)で、住民は「Pierritiers」「Pierritières」と呼ばれる。周辺にはキュイシュイィムーシーモンテロンなどの村々があり、これらとともにコトー・シュッド・デペルネ地区を形成している。地元には「ピエリーは石だらけ(Pierry est pierreux)」という格言が残されており、石灰質に富む土壌の特徴を古くから言い表してきたことがうかがえる。

畑はエペルネ西側に広がる丘陵の南東向き斜面に位置し、品種構成はピノ・ムニエが約46%と最も多く、シャルドネが約35%、ピノ・ノワールが約18%を占める。コトー・シュッド・デペルネの中でエシェル・デ・クリュ90%を獲得しているのはピエリーのみで、他の村々は88%にとどまっており、この差は斜面の形状が比較的均一で、石灰質を多く含む土壌が広範囲に安定して分布していることが背景にあるとされる。村内には主要なリュー・ディとして、カンテュエル、レ・シュヴェルネ、レ・ゲイエール、レ・グット・ドール、レ・ヌー、レ・ポルジョン、レ・ルージュ・フォス、レ・タルティエールなどがあり、なかでも石垣に囲まれた1.5haの「ル・クロ(Le Clos)」は、アンリ・マンドワが単独で所有するピノ・ムニエの区画として知られている。

村を代表するメゾンの一つがアンリ・マンドワである。1860年にエペルネで創業し、1906年にピエリーへ移転した。現在は12のコミューンに35haの自社畑を所有し、その畑が出荷量の約70%を占めるという高い自社畑比率が特徴である。ヴィンテージのブラン・ド・ブランを揃えた「コレクシオン1735」シリーズに加え、最上位ラインの「コレクシオン・ユニク」では、ヴィエイユ・ヴィーニュやオールド・ヴィンテージを組み合わせた「キュヴェ・ヴィクトール」と、村内のクロ1.5haで育つピノ・ムニエ100%をすべてオーク樽で醗酵させた「ル・クロ」という、2つの個性的なキュヴェを生み出している。

もう一つの主要メゾンがヴォレローである。一家は1805年からピエリーとムーシーに畑を所有しており、1923年にヴィクトール・ヴォルルローが少量生産を開始した。現在は約40haの畑を管理し、プレステージキュヴェ「キュヴェ・マルグリット」はシャルドネ75%・ピノ・ノワール25%の比率で仕立てられている。

このほか、9つのコミューンに30haの畑を持つブゥシェ・ペール・エ・フィス(Bouché Père & Fils、1920年創業)や、村内のシャトー・ドゥ・ピエリーに拠点を置くポール・ゴビヤール(Paul Gobillard)など、地区を代表するメゾンも村内に拠点を構えている。村ではこのほかにも、次のような生産者が活動している。

ピエリーにおける醸造の歴史は古く、ベネディクト会修道士ジャン・ウダール(1654-1742年)が1679年から醸造を担当し、ドン・ピエール・ペリニョンと同時代に活動した記録が残っている。1700年のパリにおける相場記録では、ピエリーとオーヴィレールのワインは、他の上質なシャンパーニュの静止ワインの2倍にあたる800〜980リーヴル/キューで取引されており、当時すでに高い評価を得ていたことがうかがえる。中でも「クロ・サン=ピエール」と呼ばれる一画は特に珍重された。これらの畑を所有していた修道院の財産は、フランス革命後に国有化・売却された。1734年起源の建物であるシャトー・ドゥ・ラ・マルクトリーは、1932年にピエール・タンタンが購入し、同年ランスにシャンパーニュ・タンタンを創業する基盤となった。建物は現在も迎賓施設として使われており、1999年にはコミューンによって購入されている。

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