Prouilly / プルイイ

プルイイは、1785年にフランス史上最後の公開拷問が行われた村として知られる、マッシフ・ド・サン・ティエリーの隠れた一角。ピノ・ムニエ主体の畑が、果実味豊かで親しみやすい一杯を育みます。歴史の重みごと、グラスに注いでみませんか。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Reims
郵便番号 : 51140
面積 : 10.19 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Muizon, Courcelles-Sapicourt, Trigny, Jonchery-sur-Vesle, Pévy, Montigny-sur-Vesle,

「Prouilly」のぶどう畑

テロワールMontagne de Reims
- Massif de Saint-Thierry
格付け85% Autre Cru [?]
栽培面積138.3 ha
- Chardonnay16.2 ha (11.7%)
- Pinot Noir40 ha (28.9%)
- Pinot Meunier82.1 ha (59.4%)
- その他0 ha (0%)

特徴

プルイイのシャンパンは、ピノ・ムニエが約6割を占める構成から、まろやかな果実味とふくよかな口当たりが前面に出るスタイルが中心です。続くピノ・ノワールが骨格を支え、少量のシャルドネが柑橘的な軽やかさを添えます。柑橘とフローラルの香りが穏やかな酸とともに長く続き、構えずに楽しめる親しみやすさが持ち味。難しいことを考えず、普段の食卓でグラスを傾けたい人にこそ似合う一本です。

テロワール

プルイイのブドウ畑は、ル・コショ川を挟んだ二つの区画に分かれています。東側斜面は北西から南西向き、西側斜面は隣接するペヴィーの畑へと連続する南から南西向きで、マッシフ・ド・サン・ティエリーの中でも日照条件に恵まれた立地です。標高は66メートルから210メートルまで変化に富み、土壌は砂質粘土と粘土石灰岩が混じり合うパリ堆積盆地特有の構成。排水性に優れ、南向きの斜面と相まって地温が早く上がるため、マッシフ内では比較的安定した熟度を確保しやすい畑として評価されています。この地温の立ち上がりの早さが、プルイイのシャンパンに穏やかな果実の丸みを与える土台となっています。

詳細

プルイイはランスの北西約17キロメートル、マッシフ・ド・サン・ティエリーの南麓に位置するコミューンです。総面積は10.19平方キロメートルで、南端をヴェスル川が区切っています。標高は66メートルから210メートル(最高地点はモン・ディ)まで幅があり、村内にはl'Orée du Bois、la Chute des Eaux、la Ferme de Naurois、les Trois Bouts de Boisといった散在する居住区が点在します。周辺コミューンとしてはトリニー、Muizon、クールセル=サピクール、ジョンシェリー=シュル=ヴェル、ペヴィー、モンティニー=シュル=ヴェルが隣接しています。

ブドウ畑はル・コショ川を境に東西二区画に分かれ、東側は北西〜南西向き、西側はペヴィーの畑と連続する南〜南西向きの斜面です。マッシフ内の平坦地帯と比べて日照条件に優れ、土壌は砂質粘土と粘土石灰岩の混合層。排水性に優れミネラル吸収に適した構成で、温帯海洋性気候のもと年平均気温10.7度、年降水量734ミリメートルという穏やかな環境がブドウの成熟を後押しします。栽培品種はピノ・ムニエが約6割を占め、ピノ・ノワールが約3割、シャルドネが残りを担う構成です。

主要生産者

J.M.グラールはレコルタン・マニピュラン(RM)としてプルイイに拠点を置き、クラブ・トレゾール・ドゥ・シャンパーニュのメンバーでありヴィニュロン・アンデパンダンにも加盟する造り手です。プルイイ、ペヴィー、エルモンヴィル、ヴォワニーの4村に計7.8ヘクタールの畑を所有し、ピノ・ムニエ50%、ピノ・ノワール35%、シャルドネ15%という構成比で年間約75,000本を生産しています。

アラン・クヴルールも同じくヴィニュロン・アンデパンダン加盟のRM生産者で、プルイイ、ペヴィー、ブランスクールにまたがる畑でピノ・ノワールとピノ・ムニエを栽培しています。

歴史

プルイイのブドウ畑が文書上初めて記録されたのは857年に遡ります。11世紀にはサン・ティエリー修道院のワインが広く知られるようになり、12世紀には輸出も始まったとされています。1231年にはエバリュスが領主権を持ち、その後ダラス家が子爵として継承しました。村の歴史でとりわけ知られるのが1785年8月20日の事件です。「グランド・ジャネット」と呼ばれた人物がクイサ水車小屋で7人を殺害し、翌1786年にフランス史上最後となる公開拷問を受けています。1842年8月15日には大火事がほぼ村全体を焼失させました。第一次世界大戦中には村に大型野戦病院が設置され、1914年10月5日にはフランス初とされる撃墜を伴う航空戦の舞台にもなっています。

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「Prouilly」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報