Gueux / ギュー
基本情報
| 地域圏(Région) | Grand Est |
| 県(Département) | Marne |
| 区(Arrondissement) | Reims |
| 郵便番号 : | 51390 |
| 面積 : | 8.86 km2 |
| 隣接するクリュ(Coomune) | |
| Thillois, Méry-Prémecy, Muizon, Janvry, Vrigny, Rosnay, |
「Gueux」のぶどう畑
| テロワール | Montagne de Reims - Petite Montagne de Reims |
| 格付け | 85% Autre Cru [?] |
| 栽培面積 | 19.6 ha |
| - Chardonnay | 0.8 ha (4.1%) |
| - Pinot Noir | 2.2 ha (11.2%) |
| - Pinot Meunier | 16.6 ha (84.7%) |
| - その他 | 0 ha (0%) |
特徴
テロワール
詳細
ギューはモンターニュ・ド・ランス北西部、ランスの西約8kmに位置する小村で、行政上はプティット・モンターニュ・ド・ランスに属する。南はプルミエ・クリュのヴリニー、南西はメリ=プレムシー、西はジャンヴリー、北西はロネ、北はMuizon(ミュイゾン)、東はThillois(ティロワ)と接している。コミューン全体の面積は886haで、総栽培面積は19.60haと比較的小規模。A4/E50高速道路(ランス〜パリ間)が村内を横断し、南側でヴリニーとの境界線を形成している。シャンパーニュ観光街道「ルート・トゥーリスティック・デュ・シャンパーニュ」がギューを通過しており、ドライブルートとしての顔も持つ。
テロワールの特徴は品種構成に端的に現れている。総栽培面積19.60haのうち、ピノ・ムニエが16.60ha(約85%)を占め、ピノ・ノワールが2.20ha、シャルドネはわずか0.80haにとどまる。畑は北西向きの緩斜面に展開しており、南向きが主体のグラン・クリュ村群と比べると日照条件は穏やか。この環境がムニエの柔らかな果実味を過熟させず、繊細に引き出す土台となっている。エシェル・デ・クリュは白・黒ともに85%で、隣接するヴリニー(プルミエ・クリュ、100%)との格差は地形と日照条件の差を反映したものだ。
ギューを語るうえでジェローム・プレヴォーは欠かせない存在だ。祖母から相続した2.2haのピノ・ムニエ単一畑「レ・ベギンヌ(Les Béguines)」のみを使用し、年産わずか13,000本というガラージスト的規模で世界的なカルト的地位を築いたRM生産者である。ビオディナミ農法(未認証)を実践し、ラベル名は「ラ・クロズリー(La Closerie)」。白はヴィンテージごとにリリースされ、ロゼは「ファック・シミル(Fac Simile)」名義で不定期に登場する。初ヴィンテージは1998年で、アンセルム・スロス(アヴィーズの生産者)が自セラーを提供して独立を後押しした。2002年以降は自社セラーを所有し、現在に至る。レ・ベギンヌは村中心部南西に位置し、植樹は1962〜1964年と古樹の域に達している。
ギューの地名の由来は「ゴート族(Goths)」をラテン語化したGotiにさかのぼり、最古の記録は850年頃のGothi。ゲルマン系民族の定住地であったことを示している。中世には14世紀にコション家が領主を務め、フェレ家もギューの領主として名を連ねた。1575年にはユベール・ド・フェレがアンリ3世の戴冠式で天蓋を担う栄誉を授かっている。
19世紀にはルイ・ロデレールの弟ウジェーヌ・ロデレールが1856年にシャトーと公園を購入し、ネオゴシック様式の新邸を建設した。その後、フィロキセラが19世紀末にギューのブドウ畑をほぼ全滅させ、ブドウ栽培は大打撃を受けた。第一次世界大戦中は村が前線後方の休養地となり、シャトーは救急病院に転用されたが、1918年の火災でシャトーは焼失。戦後、村は壊滅状態と認定され、1920年10月1日に武功十字章を授与された。1928年にはルイ・ロデレールのグランド・マルク組合の主導により跡地がゴルフ・ド・ランスとして整備され、現在も「シャトー・エ・パルク・ド・ギュー」として文化遺産に登録されている。なお、1926年に開設されたサーキット・ド・ランス=ギューはモータースポーツの歴史にも名を刻んだが、1969年に閉鎖された。
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