Rosnay / ロネ

ロネはモンターニュ・ド・ランス北西の丘陵頂部に位置するオートル・クリュの村。総栽培面積14.70 haのうち実に93.9%をピノ・ムニエが占め、シャルドネを一切栽培しないムニエ特化型のテロワールとして際立った個性を持つ。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Reims
郵便番号 : 51390
面積 : 5.54 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Germigny, Treslon, Muizon, Janvry, Gueux, Courcelles-Sapicourt, Savigny-sur-Ardres,

「Rosnay」のぶどう畑

テロワールMontagne de Reims
- Vallée de la Vesle
格付け83% Autre Cru [?]
栽培面積14.7 ha
- Chardonnay0 ha (0%)
- Pinot Noir0.9 ha (6.1%)
- Pinot Meunier13.8 ha (93.9%)
- その他0 ha (0%)

特徴

栽培面積の約94%をピノ・ムニエが占めるロネのシャンパンは、果実の豊かさとフレッシュな個性が前面に出るスタイルが基本となる。地元協同組合がこのエリアのムニエから造るブラン・ド・ノワールには、ミネラル、柑橘、赤い果実、白い花(ライム花)といった表情があり、サクサクとした酸とミネラルの余韻が続く。シャルドネを一切持たないピュアなムニエの表現は、ブラン・ド・ノワールとして飲まれることが多く、フルーティで気軽に楽しめる食中酒を求める飲み手にとって発見のある産地だ。

テロワール

ロネの畑は村の東側、隣のジェルミニーと連続する緩やかな斜面に広がる。北西にアルドル川、南にはヴァレ・ド・ラ・ヴェスルを望む丘陵の頂部(標高82〜204 m、村落は132 m)に位置し、ヴェスル川の渓谷とシャンパーニュ平原を一望できる開放的なロケーションだ。 気候はケッペン分類Cfbの温暖海洋性で、1971〜2000年の平均気温は10.5℃、年間降水量は765 mm。夏は涼しく、冬は3℃前後まで冷え込む。土壌の詳細データは公開資料に乏しいが、モンターニュ・ド・ランス北西丘陵の地質から、白亜質の母岩の上に粘土〜シルト質の表土が乗る構造と考えられる。ピノ・ムニエが圧倒的に栽培されている事実そのものが、この土地の土壌の重さと排水特性を物語っており、軽快なムニエの果実感はこうした粘土質の重い土壌から引き出されている。

詳細

ロネはモンターニュ・ド・ランス北西端、ヴァレ・ド・ラ・ヴェスルに属するコミューンで、パリとランスを結ぶA4高速道路とアルドル川に挟まれたエリアに位置する。行政上は「ヴェスル&アルドル」サブ地区に属し、隣接するジャンヴリーやジェルミニーとともに「モン・ド・ランス」と通称される小丘陵帯を形成している。コミューン面積554 haの東側に畑が集まり、総栽培面積は14.70 ha(オートル・クリュ)。周辺には北のムイゾン、北西のクールセル=サピクール、西のサヴィニー=シュル=アルドル、西南西のトルスロン、東南東のギューが連なる。

テロワールはピノ・ムニエの独壇場と言えるほど偏りが明確で、14.70 haのうち13.80 haをムニエが占め、ピノ・ノワールは0.90 haにとどまり、シャルドネの栽培は皆無だ。丘陵頂部の粘土〜シルト質の重い土壌がムニエの生育に適しており、ジェルミニーやジャンヴリーと連続する東向きの緩斜面が穏やかな日照と適度な水分保持を可能にしている。標高82〜204 mの起伏が生む微気候の変化は、果実に複雑な表情をもたらし、ムニエが持つ本来の豊かな果実感とフレッシュな酸をともに引き出す。

主要生産者

ロネのブドウの多くは、1961年にジェルミニー、ジャンヴリー、ロネ3村の7生産者によって設立された協同組合「Champagne CH. de L'AUCHE(シャンパーニュ・ド・ロッシュ)」を通じて処理されている。現在は60名の生産者と115 haを擁し、拠点はジャンヴリーに置く。ピノ・ムニエ主体のブラン・ド・ノワールに強みを持ち、ロネ、ジャンヴリー、ジェルミニーの畑から収穫したムニエによるキュヴェにはミネラル、柑橘、赤い果実、白い花の香りが表れ、サクサクとした酸とミネラルの余韻が特徴とされる。村内にはRM(レコルタン・マニピュラン)として自社醸造を行う造り手が複数存在し一部の生産者は、RC(Récoltant-Coopérateur:協同組合に原料ブドウを供出しながら自身の名義でシャンパーニュを出荷する生産者区分)として自ラベルのシャンパーニュを手がけており、村の畑の個性をより直接的に瓶に封じ込める試みが続けられている。

歴史

ロネの地名は西暦1000年頃の「Rodenaium」に始まり、13世紀には「Ronnaium」「Ronnayo」などと記され、「Ronniez」「Ronnay-les-Reims」を経て1789年以降に現在の「Rosnay」に落ち着いた。1882年と1901年の発掘調査ではメロヴィング朝時代の墓地と遺物が出土し、中世初期から集落が存在したことが確認されている。1814年のナポレオン戦争期には武装した村人とコサック兵の衝突が起き、ブドウ生産者クロード・マルティネとニコラ・ラプラスが戦死するという事件が記録されており、村はその後プロイセン軍に一時占領されたが、マルモン元帥の騎兵がランス会戦で奇襲・捕虜としてこれを解放した。第一次世界大戦中は村の高台に重要な飛行場が設けられ、城の農場に整備された250 m×3 mの滑走路にはフランス空軍初の戦闘機エスカドリルN12/SPA12ほか複数の飛行中隊が駐留した。著名な出身者としては、パリ音楽院長を務めた作曲家テオドール・デュボワ(1837〜1924)がいる。

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「Rosnay」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報