Essoyes / エソイエ

エソイエは、シャンパーニュ最南端、ブルゴーニュ県境まで約5kmという立地から、シャブリと地質が連続するキンメリジャン土壌を持つ稀有な村です。畑の8割超をピノ・ノワールが占め、自然派の旗手リュペール・ルロワが醸す塩味と鉱物感あるブリュット・ナチュールは、一度飲むと忘れられません。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Aube
区(Arrondissement)Troyes
郵便番号 : 10360
面積 : 35.57 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Grancey-sur-Ource, Mussy-sur-Seine, Plaines-Saint-Lange, Courteron, Gyé-sur-Seine, Fontette, Verpillières-sur-Ource, Noé-les-Mallets, Loches-sur-Ource,

「Essoyes」のぶどう畑

テロワールCôte des Bar
- Barséquanais
格付け80% Autre Cru [?]
栽培面積493.1 ha
- Chardonnay57.9 ha (11.7%)
- Pinot Noir413.1 ha (83.8%)
- Pinot Meunier15.3 ha (3.1%)
- その他6.8 ha (1.4%)

特徴

エソイエはピノ・ノワールが8割超を占め、コート・デ・バールらしい果実の豊かさを土台に持つ。だがこの村のワインを特徴づけるのは、キンメリジャンに由来する塩気と鉱物的な後味だ。イチゴやカシスを思わせる赤系果実の凝縮感に、シャブリを連想させるブリオッシュ香と引き締まった酸が重なる。リュペール・ルロワの無補糖キュヴェはその純粋な表現として知られ、果実味に頼らない骨太な味わいは、魚介や白身肉を使った滋味深い料理と好相性。テロワールを直接語る一杯を探す飲み手にこそ薦めたい。

テロワール

エソイエの土壌は、北部シャンパーニュに広がる純白のチョーク質とは大きく性格が異なる。主体となるのは灰色がかったキンメリジャンと茶褐色のポートランド石灰岩で、約65km南西に位置するシャブリのテロワールと地質的に連続している。畑はウルス川の南北両岸、丘の南東向き斜面に集中し、標高175〜337mという起伏が、リュー・ディごとの土壌差を際立たせる。北区画のLes Cognauxは深い粘土を含む灰色マール、南西端でクルトゥロンと境を接するAvalonは白い石灰岩主体というように、わずかな距離で表情が変わる。さらに丘の頂上に位置するMartin Fontaineは急斜面で水はけが良く、谷側のFosse-Grelyは粘土質で保水力に富む。こうした石灰質土壌の多層的な構成が、エソイエのワインに塩気を帯びた余韻と、果実味を引き締める酸の骨格を与えている。

詳細

エソイエは、オーブ県南部、シャンパーニュ最南端に位置する村である。トロワの南約50km、ブルゴーニュ(コート・ドール)県境まではわずか5kmという立地にあり、コート・デ・バールの中でもバルセカネテロワールの中核を成す。村を貫くウルス川の両岸にブドウ畑が広がり、コミューン面積35.57km²のうち標高175〜337m、平均190m前後の丘陵地に畑が点在する。周辺には、北東にフォンテット、南東にヴェルピリエール=シュル=ウルス、南西にミュシー=シュル=セーヌ、プレーヌ=サン=ランジュ、クルトゥロン、ジェ=シュル=セーヌ、西にロッシュ=シュル=ウルス、北北東にノエ=レ=マレと、バルセカネを構成する村々が連なる。

シャブリに連なる石灰質土壌

エソイエの土壌は、北部シャンパーニュで主流の純白なチョーク質とは性格を異にする。主体は灰色がかったキンメリジャンと茶褐色のポートランド石灰岩で、約65km南西に広がるシャブリのテロワールと地質的に連続している点が大きな特徴だ。畑は丘の南東向き斜面に集中し、リュー・ディ(単一畑)ごとに表情が異なる。北区画のLes Cognauxは深い粘土層を含む灰色マール、南南東向きのLa FosseとGrelyは赤粘土に石灰岩が混じる。丘の頂上に位置し急斜面のMartin Fontaineは白い石灰岩と粘土が主体で水はけに優れ、谷側に広がるFosse-Grelyは粘土質で保水力が高い。南西端でクルトゥロンと境を接するAvalonは白い石灰岩が卓越する穏やかな南向き斜面である。栽培品種はピノ・ノワールが約83〜86%を占め、シャルドネが続く構成で、この比率もコート・デ・バールらしさを裏付けている。

主要生産者

エソイエを語るうえで欠かせないのがリュペール・ルロワ(RM)である。哲学博士のジェラール・リュペールが1970年代から有機栽培で畑を耕し始め、2009年に娘のベネディクト・ルロワが引き継いで自社醸造を開始した。夫マニュとともに2014年にデメテール認証を取得し、2013年以降は亜硫酸無添加での醸造を貫く。馬による耕作や麦藁を使ったワイナリーなど、混合農業を実践しながら、全キュヴェをシングルヴィンテージ・シングル区画で仕立てる。果実味よりもテロワールの輪郭を前面に出すスタイルは、コート・デ・バールの自然派シャンパーニュを語るうえで欠かせない存在となり、パリの三つ星クラスのレストランにも採用されている。

  • ティエリー・メルキュゾ(RM):ピノ・ノワール85%、シャルドネ13%、ピノ・ムニエ7%という構成で畑を構成する造り手。エソイエの村長も務める人物で、地域に深く根を下ろした生産にあたっている。
  • フィリップ・ゲナン(RC):17haの畑を所有し、収穫したブドウの多くを協同組合へ出荷するレコルタン・コーペラトゥール(協同組合出荷者)。

歴史と文化

ウルス川沿いの集落の歴史はケルト人の時代まで遡るとされ、村についての最初の文献記録は9世紀に現れる。中世にはモレム修道院とクレルヴォー修道院という二つの有力修道院の間に位置し、その影響を強く受けて発展した。フランス革命までは貴族ソミエヴル家の所領であった。1763年3月12日には村の大部分を焼失する大火が起き、木造藁葺き屋根の家屋の多くが失われ、石造りの建物のみが焼け残った。17世紀半ばから18世紀末にかけては製紙業が村の主要産業として栄えた。1894年にはトロワ市が水源確保のためServigny地区を接収しており、ここには11世紀の礼拝堂跡が残る。1926年、バル=シュル=セーヌ郡からトロワ郡へと編入された。

エソイエはまた、印象派の巨匠オーギュスト・ルノワールゆかりの地としても知られる。ルノワールの妻アリーヌ・シャリゴはこの村の出身で、一家のモデルを務めたガブリエル・ルノワールもここで生まれた。ルノワールは毎夏この地に滞在し、ウルス川沿いの風景を数多くキャンバスに残している。1905年には自邸の庭にアトリエを建て、現在も村の墓地にルノワール本人や息子ジャン・ルノワールらの墓が残る。シャブリを思わせる石灰質土壌と、印象派ゆかりの風景という二つの個性が、エソイエという村の輪郭を形づくっている。

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「Essoyes」を拠点とするシャンパン銘柄

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