Saint-Thierry / サン=ティエリー

サン=ティエリーは、シャンパーニュ最北端のサブリージョン「マッシフ・ド・サン・ティエリー」を代表する村。7世紀から修道士がブドウを育ててきた歴史的な土地で、オートル・クリュ格付けながらピノ・ムニエ主体の冷涼でミネラル感あふれるシャンパンは、一度飲むと忘れられない個性を宿している。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Reims
郵便番号 : 51220
面積 : 7.59 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Reims, Saint-Brice-Courcelles, Thil, Courcy, Merfy, Pouillon,

「Saint-Thierry」のぶどう畑

テロワールMontagne de Reims
- Massif de Saint-Thierry
格付け87% Autre Cru [?]
栽培面積56 ha
- Chardonnay13.5 ha (24.1%)
- Pinot Noir15.6 ha (27.9%)
- Pinot Meunier26.9 ha (48%)
- その他0 ha (0%)

特徴

サン=ティエリーではピノ・ムニエが栽培面積の約48%を占め、ピノ・ノワール(約28%)、シャルドネ(約24%)と続く。ヴァレ・ド・ラ・マルヌのムニエが熟したフルーツの豊かさで知られるのとは対照的に、サン=ティエリーのムニエはよりシャープでミネラル主導の個性を持つ。冷涼な気候がもたらす生き生きとした酸と、砂・粘土質土壌が与えるテクスチャーとが絡み合い、フレッシュかつ複雑な味わいを生む。 食前酒としてはもちろん、繊細な魚料理や塩気のある前菜とも好相性。「シャンパーニュらしいエレガンスは欲しいが、どこか個性的なものを」という探求心旺盛な飲み手にこそ手に取ってほしい一本が揃っている。

テロワール

サン=ティエリーの畑は、モンターニュ・ド・ランス北西端に広がるマッシフ・ド・サン・ティエリーのなかでも特に北寄りに位置し、シャンパーニュ全域のなかで最も北に属するエリアの一角を担う。ランス市街地のすぐ北西という立地でありながら、標高145mの緩やかな丘陵地帯に畑が点在し、大半は南東向きの緩斜面が安定した日照を確保している。一部には予想外に急な斜面もあり、微気候の多様性が生じている。 土壌は砂・マール(石灰質泥灰土)・粘土を主体とし、30〜70百万年前に堆積した複数の地層が交差する独特の地質構造を持つ。モンターニュ・ド・ランス南東斜面やコート・デ・ブランのようなベレムナイト系白亜層とは異なり、ここでは砂と粘土質の割合が高い。これにより保水性と独特のテクスチャーが生まれる一方、シャンパーニュ中心部とは一線を画した個性あるミネラル感が醸成される。 シャンパーニュ最北端の気候は冷涼で、ブドウは自然と高い酸度を蓄える。この酸度と粘土・砂主体の土壌が合わさることで、ピノ・ムニエの熟した果実感よりもストラクチャーとフィネスが前面に出るスタイルへと導く。

詳細

サン=ティエリーは、シャンパーニュ地方北西部、ランスの北西約10kmに位置するコミューンである。行政上はモンターニュ・ド・ランスのサブリージョン「マッシフ・ド・サン・ティエリー」に属し、このマッシフはシャンパーニュ全域のなかで最も北に位置するエリアである。コミューン面積は759 ha、人口は約603人(2022年)、標高145m。コミューン南部をA26/E17高速道路が通過しており、ランスとの交通の便は良い。北にティル、南東にランス、南西にメルフィ、北西にプイヨンと隣接する。

テロワール詳細

マッシフ・ド・サン・ティエリーの土壌は砂・マール(石灰質泥灰土)・粘土を主体とし、30〜70百万年前に堆積した地層が複数交差する特異な地質構造を持つ。モンターニュ・ド・ランスの南東斜面やコート・デ・ブランに多いベレムナイト系白亜層とは構成が大きく異なり、砂と粘土の比率が高い分、保水性が高く独特のテクスチャーをワインに与える。サン=ティエリーの畑はほぼ平坦から緩やかな斜面にかけて広がり、多くが南東向きで安定した日照を確保する一方、一部の急斜面が微気候の多様性を生む。最北端の冷涼な気候により酸は豊かに保たれ、ピノ・ムニエをストラクチャードに仕上げる素地となっている。村内には「ル・クロ(Le Clos)」と呼ばれる村南側の単一区画も存在する。

主要生産者

ルメール・ペール・エ・フィスはサン=ティエリーを代表するRMであり、複数のキュヴェを展開する数少ない地元生産者のひとつ。マッシフ・ド・サン・ティエリーのテロワールを表現することに軸足を置いており、当地のシャンパンを外部に広く伝える役割を担っている。

ヴーヴ・クリコはサン=ティエリーに畑を所有していることが知られており、大手ネゴシアン・マニピュラン(NM)がこの北端テロワールのブドウを活用している事実は、この村のポテンシャルを物語っている。

歴史・由来

村名は、5世紀末から6世紀初頭にかけて現在の村域にあるモン・ドール(Mont d'Or)の地に修道院を創設した聖人ティエリ(Thierry du Mont d'Or)に由来する。ティエリはランスの聖レミの弟子であり、その修道院は「アベイ・ド・サン=ティエリー(Abbaye de Saint-Thierry)」とも呼ばれた。

7世紀にはすでにこの修道院の修道士たちによってブドウ栽培が始まったとされ、中世にはランス地方最大規模の畑を持つ一大拠点として機能していた。1119年には神学者・神秘主義者のウィリアム・ド・サン=ティエリーがここで大修道院長に選ばれ、「愛の本性と尊厳について」「神の観想について」などの著作をここで執筆している。937年にはハンガリー軍の侵攻で修道院が焼き払われたが、ベネディクト会修道士によって再建され、フランス国王がランスでの戴冠式翌日に宿泊する権利(droit de gîte)を持つ聖地として、聖王ルイ、ルイ11世、ルイ13世らが訪れた。1695年に修道院は廃止され、ランス大司教の別荘を経て1777年に建物は取り壊された。1968年にはベネディクト会修道女の共同体が入居し、修道院は本来の宗教的機能を取り戻している。このように、サン=ティエリーのブドウ栽培の歴史は1400年以上にわたり、シャンパーニュの中でも特に深い宗教的・農業的遺産を持つ村のひとつである。

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「Saint-Thierry」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報