Chambrecy / シャンブレシー

シャンブレシーは、ヴァレ・ド・ラルドルに属するオートル・クリュの小村。栽培面積の97%近くをピノ・ムニエが占めるという、シャンパーニュ屈指のムニエ特化コミューンとして知られ、果実味豊かでまろやかなシャンパンを生み出す土地柄だ。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Reims
郵便番号 : 51170
面積 : 6.12 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Bligny, Sarcy, Ville-en-Tardenois, Champlat-et-Boujacourt, Chaumuzy,

「Chambrecy」のぶどう畑

テロワールMontagne de Reims
- Vallée de l'Ardre
格付け83% Autre Cru [?]
栽培面積62.2 ha
- Chardonnay0.6 ha (1%)
- Pinot Noir1.3 ha (2.1%)
- Pinot Meunier60.3 ha (96.9%)
- その他0 ha (0%)

特徴

栽培面積62.20haのうち60.30ha、実に97%超をピノ・ムニエが占める構成は、シャンパーニュ全域を見渡しても際立っている。このムニエからは、赤い果実のニュアンスとまろやかな口当たりが引き出され、重くならずに飲み進められる親しみやすいスタイルが生まれる。キュミエール拠点の生産者がシャンブレシー産ムニエを主体にしたキュヴェを手がけ、その果実の個性を単独テロワールとして表現していることは、この村のムニエが他産地への素材供給にとどまらない固有の品質を持つことを示している。ムニエ主体のシャンパンに初めて向き合う飲み手にとっても、品種の特性を純粋に体感できる入り口となる一村だ。

テロワール

シャンブレシーはモンターニュ・ド・ランス西端の丘陵頂部に位置し、ヴァレ・ド・ラルドルエリアに含まれる。ランスから約19km西に入った標高113〜220m(平均167m)の高台に村が広がり、アルドル川の支流が村内を流れる。北にブリニー、北東にサルシー、南東にショミュジー、南にシャンプラ=エ=ブジャクール、西にヴィル=アン=タルドゥノワが隣接する。 土壌は上部白亜紀カンパニアン期のチョーク(石灰岩)を基盤とし、多孔質で水はけのよい石灰質土壌が広がる。斜面は概してゆるやかで、向きは一方向に固定されず様々な露出面を持つ点が特徴的だ。標高が比較的高いため日照は確保される一方、アルドル谷の低地では春霜リスクが高く、気温変動もやや大きい。こうした環境下で、チョーク台地の冷涼な保水性がピノ・ムニエの果実の凝縮感を高め、エシェル・デ・クリュ83%という格付けに落ち着くテロワールを形作っている。

詳細

シャンブレシーはヴァレ・ド・ラルドルの一村としてモンターニュ・ド・ランスの西寄りに位置し、ヴァレ・ド・ラルドルエリアに含まれる。ランス市街から西へ約19kmの位置にあり、コミューン総面積612haに対して人口は150人に満たない小規模農村だ。北をブリニーとサルシーに、東南をショミュジーに、南をシャンプラ=エ=ブジャクールに、西をヴィル=アン=タルドゥノワに囲まれる。南隣のシャンプラ=エ=ブジャクールはヴァレ・ド・ラ・マルヌ・リヴ・ドロワの管轄に属しており、シャンブレシーはまさにモンターニュの丘の際(きわ)に位置する村と言える。アルドル川の支流が村内を流れ、谷筋の低地と丘陵斜面とが組み合わさった地形はこのエリア全体の特徴でもある。生産者数は14軒を数え、規模の割に栽培従事者が多い村だ。

テロワールは上部白亜紀カンパニアン期のチョーク台地を基盤とし、多孔質で排水性の高い石灰質土壌が広がる。標高113〜220m(平均167m)の比較的高い位置にあるため、傾斜はゆるやかで、斜面の向きも多方向に分散する。この地形的多様性がムニエの均一な熟成を難しくする面もある一方、標高の高さが生む温度差は果実の酸をしっかり保持する。エシェル・デ・クリュ83%という評価は、グランド・モンターニュ・ド・ランスの主要グラン・クリュ村と比較すると控えめだが、ムニエ栽培に特化したアルドル谷周辺の丘陵地としては標準的な位置づけにある。

主要生産者

シャンブレシーを本拠地とするレコルタン・マニピュランの生産者としてラルマン・ペルティエがある。自社畑のブドウを自らシャンパンに仕上げるRM生産者で、ヴィンテージ・シャンパンも手がける。村の圧倒的多数を占めるピノ・ムニエを主体とした構成で、土地固有のスタイルを表現している。なお、キュミエールを拠点とするGeorges Lavalは2015年ヴィンテージ以降、シャンブレシー産のピノ・ムニエ(当該キュヴェの約40%)を使用した「Garennes」キュヴェを生産しており、シャンブレシーのテロワールを単独で取り上げた作品として注目を集めている。ムニエ主体のアッサンブラージュにおいてアルドル谷のブドウがどのように機能するかを示す具体例として、シャンパーニュ愛好家の間で広く参照される存在だ。

歴史

村名はガリア語の「Camarciacum」に由来し、ケルト人名Camarciusにケルト語接尾辞-acumが組み合わさったとされる。紀元前1世紀以前からのケルト系定住を示唆する地名で、文献上の初出は948年頃のランス大司教区の記録にさかのぼる。村の中心には12世紀建造のロマネスク様式の聖ジュリアン教会が現存し、1919年にフランスの歴史的建造物に指定されている。内部には15世紀の壁画が残り、この小村の長い歴史を静かに伝えている。

近代においては19世紀末のフィロキセラ禍がブドウ畑を壊滅させ、アメリカ系台木への接ぎ木による再植を強いられた歴史を持つ。第一次世界大戦ではマルヌ第二次会戦(1918年)の激戦地に位置したため、コミューン内には英連邦軍・イタリア軍・フランス軍・ドイツ軍の墓地が複数置かれている。コミューン内のブリニーに所在するイタリア軍墓地は3,440名を祀るフランス最大のWWIイタリア軍墓地であり、英連邦軍墓地(400名超が埋葬)とあわせて2023年9月にユネスコ世界遺産として登録された。穏やかなムニエ畑のなかに刻まれた戦争の記憶は、シャンパーニュという土地が持つ歴史の厚みをあらためて実感させる。

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「Chambrecy」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報