Buxières-sur-Arce / ビュキシエール=シュル=アルス
基本情報
| 地域圏(Région) | Grand Est |
| 県(Département) | Aube |
| 区(Arrondissement) | Troyes |
| 郵便番号 : | 10110 |
| 面積 : | 10.43 km2 |
| 隣接するクリュ(Coomune) | |
| Beurey, Magnant, Bar-sur-Seine, Chervey, Ville-sur-Arce, |
「Buxières-sur-Arce」のぶどう畑
| テロワール | Côte des Bar - Barséquanais |
| 格付け | 80% Autre Cru [?] |
| 栽培面積 | 43.5 ha |
| - Chardonnay | 8.6 ha (19.8%) |
| - Pinot Noir | 34.7 ha (79.8%) |
| - Pinot Meunier | 0.2 ha (0.5%) |
| - その他 | 0 ha (0%) |
特徴
テロワール
詳細
ビュキシエール=シュル=アルスは、コート・デ・バールサブリージョンのバルセカネに属するコミューンで、Aube県トロワ郡に所在する。アルス川(全長26km、Côte-d'Or県Saint-Usageを源流としBar-sur-Seineでセーヌ川に合流)の右岸に沿って開け、コミューン面積は10.43 km²。北西にバル=シュル=セーヌ、南西にヴィル=シュル=アルス、東にシェルヴェが隣接する。格付けはオートル・クリュ(エシェル・デ・クリュ80%)で、総栽培面積は43.50 haに27の生産者が畑を構える。
畑はアルス川右岸の斜面上に広がり、南東から西まで向きが多様で、真南に近い好条件のセクターも含まれる。気候はロレーヌ・ラングル高原の影響を受ける「海洋性変質気候」で、冬の寒さと秋冬の霧が際立つ。近隣Celles-sur-Ourceの気象台データによれば年間平均気温11.4°C、降水量747mm(1991〜2020年)。記録最高気温40.6°C(2019年7月25日)、記録最低気温-15°C(2005年3月1日)と季節の振れ幅は大きく、内陸的な大陸性の刻印がある。土壌の詳細な地質情報は限られているが、コート・デ・バール全体に広がるジュラ紀キンメリジャン系石灰岩・粘土質地層の連続性の上に畑が成立していると考えられる。
品種構成はピノ・ノワールが34.70 ha(約81%)と圧倒的で、シャルドネ8.60 ha、ピノ・ムニエ0.20 haが続く。この比率はバルセカネテロワール、ひいてはコート・デ・バール全体の傾向をそのまま体現している。
主要リュー・ディ
- Bas de Biaunes——村の北側、西〜南西向き斜面。粘土質(argile)を名に冠したヴェット・エ・ソルベの「Blanc d'Argile」の主要原料畑。
- Fonnet——村の西北西、南向き。ヴェット・エ・ソルベがPinot Blancを栽培し、キュヴェ「Textures」に使用。
- Vignes de Sorbée——村の北北東、南向き。ヴェット・エ・ソルベの屋号の由来でもあるピノ・ノワール畑。「Saignée de Sorbée」に使用。
主要生産者
ヴェット・エ・ソルベ(RM)——Bertrand Gautherrotが率いるビオディナミ生産者で、この村を世界的な自然派シャンパーニュの聖地へと押し上げた存在だ。5 haの畑を所有し、1998年からAB認証(有機農業)・DEMETERの認証を取得、2001年より自家醸造を開始。全キュヴェを樽発酵・無補糖・低亜硫酸で仕上げ、収穫年もラベルに「R11」(2011年)形式で表記するなど独自のフィロソフィを貫く。代表キュヴェは、ピノ・ノワール100%の「Fidèle」、Bas de Biaunesほかの粘土質畑から生まれるシャルドネ100%の「Blanc d'Argile」、ピノ・ノワールのロゼ「Saignée de Sorbée」、そしてFonnetのピノ・ブランを単一使用した希少な「Textures」。
- ジャック・ロビン(RM)——ヴィニュロン・アンデパンダン加盟の独立生産者。9つのコミューンにわたり計9.3 haの畑を所有し、ヴィンテージ・シャンパーニュを含む多彩なラインナップを展開する。
- クランデスタン——バルセカネを拠点とする生産者として知られる。
歴史
「ビュキシエール(Buxières)」という村名はbuis(ツゲの木)に由来し、1095年にはBusserie(ビュッスリー)と記録されていた。最初の文献上の言及は770年——カロリング朝時代のカピトゥラリーおよびディジョンのサン・ベニーニュ修道院文書にまでさかのぼるとされる(歴史家ルシアン・クータンの研究)。
村域では新石器時代の人類居住の痕跡が確認されており、18枚のガリア硬貨の埋蔵物(デポ・モネテール)は古代ローマ期の活動を裏付ける。またトロワとラングルを結ぶローマ街道がこの村を通過していたとされ、交通の要衝としての歴史も持つ。16世紀建造の聖マルタン教会(Église Saint-Martin)は一部にロマネスク様式の痕跡を残すとされ、村のランドマークとなっている。近年は村の洗い場(lavoir ouvert)も修復された。人口は1793年の470人をピークに一貫して減少を続け、2023年現在は100人と過疎化が深刻な状況にある。
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