Colombey-les-Deux-Églises / コロンベ=レ=デュー=エグリーズ

コロンベ=レ=デュー=エグリーズは、シャルル・ド・ゴールが晩年を過ごした村として世界的に知られながら、シャンパーニュ呼称を名乗れるのはコミューン内でオートル・クリュのアルジャントール地区のみです。ピノ・ノワール主体の畑は呼称区域の最東端に位置し、その希少な一杯を飲んでみたくなります。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Haute-Marne
区(Arrondissement)Chaumont
郵便番号 : 52330
面積 : 83.84 km2
Coomune内の主要な地区
Champcourt, Harricourt, Argentolles, Biernes, Blaise, Lamothe-en-Blaisy, Pratz, Lavilleneuve-aux-Fresnes, Colombey-les-Deux-Églises (commune déléguée),
隣接するクリュ(Coomune)
Juzennecourt, Curmont, Lachapelle-en-Blaisy, Rizaucourt-Buchey, Rennepont, Beurville, Bayel, Lignol-le-Château, Rouvres-les-Vignes, Daillancourt, Guindrecourt-sur-Blaise, Montheries, Marbéville,

「Colombey-les-Deux-Églises」のぶどう畑

テロワールCôte des Bar
- Bar-sur-Aubois
栽培面積40.1 ha
- Chardonnay6.6 ha (16.5%)
- Pinot Noir31.7 ha (79.1%)
- Pinot Meunier1.8 ha (4.5%)
- その他0 ha (0%)

特徴

この地で生まれるシャンパンの主役はピノ・ムニエでもシャルドネでもなく、圧倒的なピノ・ノワール比率がもたらす赤系果実の風味と骨太なストラクチャーです。キンメリジャン土壌由来の引き締まった酸が、その果実味を締めくくります。一方でクリスチャン・ペリグリはシャルドネ100%のヴィンテージ・シャンパンを手がけ、同じ村から対極のスタイルも生まれています。ジビエや熟成チーズなど、しっかりした料理と渡り合える力強い一本を探すなら、この村のグラスに手を伸ばす価値があります。

テロワール

コロンベ=レ=デュー=エグリーズの畑は、コミューン全域ではなくアルジャントール集落の西側にまとまり、隣接するルーヴル=レ=ヴィーニュの畑と境目なく続いています。標高245〜355mの緩やかな台地上で、南から南西向きの斜面が中心です。土壌はキンメリジャン期の粘土石灰質で、コート・デ・バール全域に共通する基盤をオーブ県側と分かち合いますが、北側に点在する畑はリゾクール=ビュシェとの境界付近まで延び、東経4度54分23秒という呼称区域全体の最東端に達します。北方に位置するため冷涼で、海洋性の規則的な降水と小さな寒暖差、大陸性の春霜リスクと十分な日照が同居する気候です。この東端という立地が、酸をきわだたせながらも十分な成熟を確保するぎりぎりの均衡を生み、シャンパンの骨格を支えています。

詳細

コロンベ=レ=デュー=エグリーズは、コート・デ・バール地区のバール・シュル・オウボワに属し、オート=マルヌ県西部に位置します。シャンパーニュ原産地呼称内でオート=マルヌ県に属する2村のうちのひとつで、呼称区域全体でも最も東に位置するコミューンです(もう一村は北隣のリゾクール=ビュシェ)。標高は360mで、コミューン内をブレーズ川が流れます。隣接する呼称内コミューンは、北のリゾクール=ビュシェ、北西のルーヴル=レ=ヴィーニュ、西のリニョル=ル=シャトーの3村です。村名の「コロンベ」はラテン語の鳩小屋・納骨堂を意味する言葉に由来し、「デュー・エグリーズ(ふたつの教会)」は教区教会と、革命前にあったクリュニー修道院系小修道院に由来しますが、修道院教会が住居に転用された現在は事実上1教会のみが残ります。現在のコミューンは2段階の合併を経ており、1973年にアルジャントールなど周辺7コミューンを統合し、2017年にラモテ=アン=ブレイジーと合併して現在のコミューン・ヌーヴェルが成立しました。ただしコミューン全域が呼称区域なのではなく、1927年7月22日法(Code du vin第39条)が指定したのはアルジャントールとリゾクール(現在のリゾクール=ビュシェ)の2村のみです。1973年の統合でアルジャントールが当コミューンに含まれたため、現在は「コロンベ=レ=デュー=エグリーズ」の名で呼称村として登場しますが、コミューンの残りの領域は呼称区域から除外されています。

テロワール

アルジャントール地区は標高245〜355mの台地上にあり、地質はジュラ紀の粘土・石灰岩・泥灰土から成ります。ブドウ畑はコミューン中心部の北西、アルジャントール集落の西側にまとまって広がり、ルーヴル=レ=ヴィーニュの畑と切れ目なく連続しています。北側にも畑が点在し、リゾクール=ビュシェとの境界付近、D233号線沿いのビエルヌ・ハリクール集落近くまで延びており、この北側の畑がシャンパーニュ原産地呼称内で最も東に位置するブドウ畑(東経4度54分23秒)にあたります。同コミューン内のシャンクール・ハリクール両集落は、呼称区域の拡張候補地(新規40コミューン案)に挙げられており、実現すればさらに東の記録が更新されることになります。エシェル・デ・クリュは白・黒とも80%です。

主要生産者

マカール・エスマール(レコルタン・マニピュラン)は、アルジャントール地区で最初の植栽権を得たロジェ・モカールと息子ジャン=ピエール・モカールが1973〜74年に創業した、オート=マルヌ県初のフルタイム・グロワーです。「Jean-Pierre & Fils」の名をラベルに冠し、ヴィニュロン・アンデパンダンの会員として約6haを所有、年産約45,000本を手がけます。1993年には県内で初めて圧搾機を導入しました。

中心集落側では、クリスチャン・ペリグリ(レコルタン・マニピュラン)がコロンベ、ドランクール、ヴァンデイに計11ha超の畑を所有し、シャルドネ100%のヴィンテージ・シャンパン(2010、2011ヴィンテージなど)を手がけています。同じ村からピノ・ノワール主体の骨太なスタイルと対照的な、繊細な白ブドウ100%のキュヴェが生まれている点は興味深い事実です。

  • ヴォイルキン・エスマール(レコルタン・マニピュラン)— コロンベとリゾクール=ビュシェ合わせて2haを所有
  • スリエ・ド・サン=ヴァンサン — コロンベとリゾクール=ビュシェの小規模グロワーのシャンパンを展示・販売する拠点。小規模なブドウ栽培博物館を併設
  • グティエール・ジェラール(レコルタン・マニピュラン)、ピエール・グティエール(レコルタン・マニピュラン)— いずれもド・ゴール通り沿いに所在
  • シャルル・グティエール・エ・フィス — 本拠はソルシーだが、コロンベにも住所を持つレコルタン・マニピュラン
  • モエ・エ・シャンドン — コミューン内に一部の畑を所有する大手メゾン
歴史

コロンベが世界的に知られるのは、フランス第五共和制初代大統領シャルル・ド・ゴール(1890〜1970年)の私邸・終焉の地としてです。1934年、当時中佐だったド・ゴールが屋敷を購入して「ラ・ボワスリー」と改名し、1959〜1969年の大統領在任を経て辞任後もここで晩年を過ごし、1970年に没しました。村の墓地に眠り、村西端には高さ44.3mのロレーヌ十字架記念碑が、2008年にはメモリアル・ミュージアムが開館しています。

一方でシャンパン生産の歩みは長い空白を挟んでいます。19世紀末のフィロキセラ禍でオート=マルヌ県のブドウ畑は壊滅し、1927年法が呼称区域を画定した際、アルジャントールとリゾクールが区域に残れたのは、栽培者が保管していた古文書がシャンパン用ブドウの販売実績を証明したためでした。しかし画定後も実際の植栽は進まず、ド・ゴールが晩年を過ごした時代、当コミューンには生産者すら存在せず、収穫されたブドウはランスやエペルネの大手メゾンへ売られていました。近代における最初の植栽権が交付されたのは1973年で、1927年の画定から46年を経て、ようやく実際の栽培が始まったことになります。1997年時点で37haだった栽培面積は、現在の40.10haへと緩やかに拡大を続けています。

詳細を閉じる

「Colombey-les-Deux-Églises」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報