Argentolles / アルジャントール

アルジャントールは、シャンパーニュ呼称区域最東端に位置する、オート=マルヌ県で呼称を認められた2村のひとつです。1927年の区域画定時、栽培者が守り抜いた古文書がこの村を呼称に残しました。オートル・クリュながら力強いピノ・ノワール主体で、この村にしかない骨太な一杯を味わってみたくなります。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Haute-Marne
区(Arrondissement)Chaumont
郵便番号 : 52330
面積 : 7.97 km2
Coomune内の主要な地区
Champcourt, Harricourt, Biernes, Blaise, Lamothe-en-Blaisy, Pratz, Lavilleneuve-aux-Fresnes, Colombey-les-Deux-Églises (commune déléguée),
隣接するクリュ(Coomune)
Colombey-les-Deux-Églises, Rizaucourt-Buchey, Rouvres-les-Vignes,

「Argentolles」のぶどう畑

テロワールCôte des Bar
- Bar-sur-Aubois
格付け80% Autre Cru [?]
栽培面積40.1 ha
- Chardonnay6.6 ha (16.5%)
- Pinot Noir31.7 ha (79.1%)
- Pinot Meunier1.8 ha (4.5%)
- その他0 ha (0%)

特徴

アルジャントールのシャンパンはピノ・ノワールが9割近くを占め、コート・デ・バールらしい赤系果実の香りとキンメリジャン由来の引き締まった酸が骨格をつくります。一方で同じコミューン内のクリスチャン・ペリグリはシャルドネ100%のヴィンテージ・キュヴェを手がけており、狭い範囲から対照的な個性が生まれるのも見どころです。収量の少ない小さな村ゆえ流通量はごくわずかで、出会えたときこそ味わうべき稀少な一本です。この村ならではの骨太な一杯は、ジビエや熟成チーズを合わせるテーブルでこそ真価を発揮します。

テロワール

アルジャントールの畑は、標高245mから355mまで高低差のある台地上に広がります。土壌はジュラ紀のキンメリジャン期に由来する粘土石灰質で、現地の生産者は「絶えず自然な灌漑をもたらす」土地と表現します。畑は集落西側にまとまり、隣接するルーヴル=レ=ヴィーニュ(オーブ県側)の畑と境界なくつながっている点が特徴で、リゾクール=ビュシェやコロンベ=レ=デュー=エグリーズと同じコート・デ・バールの基盤を共有しながらも、呼称区域全体で最も東(東経4度54分23秒)という際立った立地にあります。北方に位置するため冷涼な気候に、海洋性の規則的な降水と大陸性の春霜リスクが同居し、この保水性の高い土壌と相まって、ピノ・ノワール主体のブドウに骨格と引き締まった酸を与えます。

詳細

アルジャントールは、オート=マルヌ県西部でオーブ県と境を接する小村で、コート・デ・バールのバール・シュル・オウボワ地区に属します。1973年1月1日にコロンベ=レ=デュー=エグリーズへ行政統合され、現在は同コミューンの委任コミューン(コミューン・デレゲ)です。コロンベ=レ=デュー=エグリーズの中心部まで直線で約3km、県庁所在地ショーモンまで24.4km、パリまで198.2km。人口はわずか35人(2023年)、人口密度4.4人/平方kmという小さな村です。統合前に隣接していたのは北のビュシェ(現リゾクール=ビュシェ)、北東のハリクールとビエルヌ、西のルーヴル=レ=ヴィーニュ(オーブ県側)、南西のラヴィルヌーヴ=オ=フレスヌ、南のコロンベ=レ=デュー=エグリーズ、南東のプラッツで、このうちビエルヌ・ハリクール・ラヴィルヌーヴ=オ=フレスヌ・プラッツも同じくコロンベ=レ=デュー=エグリーズの委任・連合コミューンとなっています。

畑はアルジャントール台地の上に広がり、標高は245mから355mまで変化します。地質はジュラ紀に由来する粘土・石灰岩・泥灰土で、ブドウ畑の土壌はキンメリジャン期の粘土石灰質。現地生産者はこの土地を「絶えず自然な灌漑をもたらす」と表現しています。畑は集落の西側にまとまり、ルーヴル=レ=ヴィーニュの畑と切れ目なくつながっています。斜面の向きについては資料により記述に幅があり、外部資料は南から南西向きの緩斜面が大部分とする一方、生産者側は南・南東・東向きが多いとしています。気候は北方に位置するため冷涼で、海洋性の影響による規則的な降水と穏やかな寒暖差、大陸性の影響による春霜のリスクと十分な年間日照が同居します。なおコロンベ=レ=デュー=エグリーズのコミューン内でリゾクール=ビュシェとの境界付近(D233号線沿い、ビエルヌ・ハリクール集落の近く)にある区画は東経4度54分23秒に達し、シャンパーニュ呼称区域全体で最も東にあるブドウ畑にあたります。

アルジャントールを代表するのがマカール・エスマール(レコルタン・マニピュラン)です。ラベルには「Jean-Pierre & Fils」を冠し、畑は約6ha、年産約45,000本。ヴィニュロン・アンデパンダンの会員でもあります。オート=マルヌ県で最初の職業ブドウ栽培者となったジャン=ピエール・モカールが1973/1974年にこの村へ移り住んで以来の歴史を持ち、県内のシャンパン生産史そのものを体現する蔵元です(詳細は後述)。

  • ヴォイルキン・エスマール(レコルタン・コオペラトゥール)— アルジャントール所在。コロンベ=レ=デュー=エグリーズとリゾクール=ビュシェに計2haの畑を持つ。
  • スリエ・ド・サン=ヴァンサン(Cellier de Saint-Vincent)— アルジャントール集落内の拠点。周辺の小規模生産者のシャンパンを展示・販売し、小さなブドウ栽培博物館を併設する。
  • クリスチャン・ペリグリ、シャルル・グティエール・エ・フィス、グティエール・ジェラール、ピエール・グティエール — コロンベ=レ=デュー=エグリーズ中心集落側に所在するレコルタン・マニピュラン。
  • モエ・エ・シャンドン — 大手メゾンとして、コミューン内に一部の畑を所有することが記録されている。

地名は1447年の記録に「Argentoilles」として初出し、その後「Argentolles」(1626年)、「Argentol」(1700年)、「Argentolle」(1768・1769年、カッシーニ地図)と綴りを変えてきました。村の歴史はさらに古く、1260年の証書でヴィニョリー領主がオーベリーヴ修道院に小麦の徴収権を譲渡し、1271年にはクレルヴォー修道院が耕地を受け取るなど、中世を通じてシトー会の有力修道院が所領を持っていました。革命前はシャロン地方監督管区、バール=シュル=オーブの選挙区・代官区に属し、1789年の政令で独立したコミューンとなっています。19世紀末のフィロキセラ禍でオート=マルヌ県のブドウ畑は壊滅しましたが、1927年7月22日法がシャンパーニュ生産区域を画定した際、同県から指定されたのはアルジャントールとリゾクール(現在のリゾクール=ビュシェ)の2村のみでした。この2村が呼称区域に残れたのは、栽培者が保管していた古文書がシャンパン用ブドウの販売実績を証明したためと、マカール・エスマールは自社サイトで説明しています。画定から実際の植栽再開までは半世紀近い空白があり、近代最初の植栽権が交付されたのは1973年(生産者側の記述では1974年)。ジャン=ピエール・モカールと妻クロディーヌが父ロジェとともにこの地に最初の苗木を植え、村の古いカーヴで最初の3,000本を仕込みました。1989年に息子ダヴィッドが跡を継ぎ、1993年には県初の圧搾機を導入するなど、アルジャントールはオート=マルヌ県のシャンパン産業そのものの発祥地となっています。なおコロンベ=レ=デュー=エグリーズの他の地域は呼称区域から除外されており、同コミューンが産地として語られる際も、実体はこのアルジャントールの畑を指しています。

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「Argentolles」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報