Saint-Usage / サン=ユザージュ
基本情報
| 地域圏(Région) | Grand Est |
| 県(Département) | Aube |
| 区(Arrondissement) | Troyes |
| 郵便番号 : | 10360 |
| 面積 : | 16.30 km2 |
| 隣接するクリュ(Coomune) | |
| Villars-en-Azois, Champignol-lez-Mondeville, Fontette, Noé-les-Mallets, Vitry-le-Croisé, |
「Saint-Usage」のぶどう畑
| テロワール | Côte des Bar - Barséquanais |
| 格付け | 80% Autre Cru [?] |
| 栽培面積 | 60.5 ha |
| - Chardonnay | 3.9 ha (6.4%) |
| - Pinot Noir | 55.8 ha (92.2%) |
| - Pinot Meunier | 0 ha (0%) |
| - その他 | 0.8 ha (1.3%) |
特徴
テロワール
詳細
サン=ユザージュはコート・デ・バールのバルセカネエリアに属し、オーブ県南東部に位置する小規模農村コミューンだ。バール=シュル=セーヌとバール=シュル=オーブのほぼ中間に当たり、コミューン面積は約1,630 haに達するが、現在の人口はわずか68人(2023年)。分散居住型の集落形態をとり、フェイ=バとフェイ=オートの2農場、レ・フォスのハムレットが主な集落を構成する。北側にヴィトリー=ル=クロワゼ、北東にシャンピニョル=レ=モンドヴィル、西にノエ=レ=マレ、南にフォンテットというAOCコミューンが隣接し、東のヴィラール=アン=アゾワ(オート=マルヌ県)はAOC圏外となる。コミューン北部にはアルス川(全長26 km)の水源があり、セーヌ川の支流として南西へ流れ下る。この谷がコミューン内の地形に変化をもたらしており、コミューン境界付近の「Blu」と呼ばれる台地からは周囲の畑と谷を一望できる。
土壌はバロワ地方に特徴的な石灰岩を基盤とし、キンメリジャンの粘土石灰岩が主体となる。標高は平均260〜295m、最高352mに達し、コート・デ・バールの中でも比較的高所に位置する。ブドウ畑はコミューン西部に集中し、西からノエ=レ=マレ、南からフォンテットの畑と連続している。主なリュー・ディはFerraileとLes Gametsで、Les Gametsはノエ=レ=マレとの境界付近に位置し南東向きの緩斜面を含む。ピノ・ノワールが55.80 haと栽培面積の約92%を占め、シャルドネは3.90 ha(6.3%)、ピノ・ブランを含むその他品種が0.80 ha。ピノ・ムニエの植栽はない。1997年時点の栽培面積が48 haだったのに対し、現在は60.50 haと約25%拡大しており、バルセカネ全体でのブドウ栽培の広がりを反映している。
2016年時点でサン=ユザージュに拠点を置くシャンパン生産者は確認されていない。隣村フォンテットに拠点を置くCristian Senezがコミューン内に自社畑を保有することが知られており、バルセカネのテロワールを活かした生産者として周辺地域での存在感を示している。
コミューンの歴史は古く、ローマ街道「ヴォワ・ド・セザール」がコミューンを縦断し、ラングルとヴィトリー=ル=クロワゼをアルス川右岸経由で結んでいた。中世には1121年からサン=オワイアン修道院の、1235年からはクレルヴォー修道院の支配下に置かれ、修道院がフェイ・オートに農場を経営した。18世紀の大火で村の大部分が焼失し、現在の教会は1823〜1827年に再建されたものだ。20世紀初頭には言語学者ポール・パシー(1859〜1940)がレ・フォスのハムレットに農業コロニー「Liéfra(リベルテ・エガリテ・フラテルニテの略)」を創設し、キリスト教社会主義の理念に基づいた共同体実験が行われた。第二次世界大戦中には村の住民3名がユダヤ人を匿い、のちに「イスラエルの義人」として認定されている。コミューンの紋章には2024年にブドウの木の意匠が採用され、農業との深いつながりを現代に伝えている。
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