Saint-Usage / サン=ユザージュ

サン=ユザージュは、コート・デ・バールのバルセカネエリアに位置するオートル・クリュの村。栽培面積60haのうち約92%をピノ・ノワールが占め、赤系果実のふくよかなシャンパンを生む典型的なバルセカネ・コミューンだ。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Aube
区(Arrondissement)Troyes
郵便番号 : 10360
面積 : 16.30 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Villars-en-Azois, Champignol-lez-Mondeville, Fontette, Noé-les-Mallets, Vitry-le-Croisé,

「Saint-Usage」のぶどう畑

テロワールCôte des Bar
- Barséquanais
格付け80% Autre Cru [?]
栽培面積60.5 ha
- Chardonnay3.9 ha (6.4%)
- Pinot Noir55.8 ha (92.2%)
- Pinot Meunier0 ha (0%)
- その他0.8 ha (1.3%)

特徴

栽培面積の約92%をピノ・ノワールが占めるため、赤系果実の芳醇な香りと、粘土石灰岩のテロワールがもたらすしっかりとした酸が特徴的なシャンパンになりやすい。シャルドネはわずか3.90 haにとどまり、ピノ・ノワールの個性が前面に出るスタイルが基本だ。ピノ・ムニエの植栽はなく、少量ながらピノ・ブランの存在も確認されている。キンメリジャンの土壌が与える鉱物的な余韻が加わり、コート・デ・バール産ピノ・ノワールの骨格とフルーティさを素直に体感したい飲み手に向いている。

テロワール

サン=ユザージュはオーブ県南東部、バール=シュル=セーヌとバール=シュル=オーブのほぼ中間に位置し、標高260〜352mの高地に広がる。土壌はバロワ地方に典型的な石灰岩を基盤とし、キンメリジャンの粘土石灰岩が主体となるバルセカネ全体の地質的特徴を共有する。北部の白亜質土壌が主流のモンターニュ・ド・ランスと比べると、土壌はより重厚で粘土質の割合が高い。ブドウ畑はコミューン西部に集中し、隣接するノエ=レ=マレやフォンテットの畑と連続する。代表的なリュー・ディはFerraileとLes Gametsで、後者はヴィトリー=ル=クロワゼ方面から続く谷筋の南東向き斜面に位置する。コミューン北部にはアルス川の水源があり、谷がブドウ畑に緩やかな起伏をもたらす。また東側のシャンピニョル=レ=モンドヴィルとの境はオート=マルヌ県境でもあり、地理的な端点に当たる。こうした粘土石灰岩の重厚な基盤が、ピノ・ノワールに凝縮感と骨格のある酸を同時に与える。

詳細

サン=ユザージュはコート・デ・バールのバルセカネエリアに属し、オーブ県南東部に位置する小規模農村コミューンだ。バール=シュル=セーヌとバール=シュル=オーブのほぼ中間に当たり、コミューン面積は約1,630 haに達するが、現在の人口はわずか68人(2023年)。分散居住型の集落形態をとり、フェイ=バとフェイ=オートの2農場、レ・フォスのハムレットが主な集落を構成する。北側にヴィトリー=ル=クロワゼ、北東にシャンピニョル=レ=モンドヴィル、西にノエ=レ=マレ、南にフォンテットというAOCコミューンが隣接し、東のヴィラール=アン=アゾワ(オート=マルヌ県)はAOC圏外となる。コミューン北部にはアルス川(全長26 km)の水源があり、セーヌ川の支流として南西へ流れ下る。この谷がコミューン内の地形に変化をもたらしており、コミューン境界付近の「Blu」と呼ばれる台地からは周囲の畑と谷を一望できる。

土壌はバロワ地方に特徴的な石灰岩を基盤とし、キンメリジャンの粘土石灰岩が主体となる。標高は平均260〜295m、最高352mに達し、コート・デ・バールの中でも比較的高所に位置する。ブドウ畑はコミューン西部に集中し、西からノエ=レ=マレ、南からフォンテットの畑と連続している。主なリュー・ディはFerraileとLes Gametsで、Les Gametsはノエ=レ=マレとの境界付近に位置し南東向きの緩斜面を含む。ピノ・ノワールが55.80 haと栽培面積の約92%を占め、シャルドネは3.90 ha(6.3%)、ピノ・ブランを含むその他品種が0.80 ha。ピノ・ムニエの植栽はない。1997年時点の栽培面積が48 haだったのに対し、現在は60.50 haと約25%拡大しており、バルセカネ全体でのブドウ栽培の広がりを反映している。

2016年時点でサン=ユザージュに拠点を置くシャンパン生産者は確認されていない。隣村フォンテットに拠点を置くCristian Senezがコミューン内に自社畑を保有することが知られており、バルセカネのテロワールを活かした生産者として周辺地域での存在感を示している。

コミューンの歴史は古く、ローマ街道「ヴォワ・ド・セザール」がコミューンを縦断し、ラングルとヴィトリー=ル=クロワゼをアルス川右岸経由で結んでいた。中世には1121年からサン=オワイアン修道院の、1235年からはクレルヴォー修道院の支配下に置かれ、修道院がフェイ・オートに農場を経営した。18世紀の大火で村の大部分が焼失し、現在の教会は1823〜1827年に再建されたものだ。20世紀初頭には言語学者ポール・パシー(1859〜1940)がレ・フォスのハムレットに農業コロニー「Liéfra(リベルテ・エガリテ・フラテルニテの略)」を創設し、キリスト教社会主義の理念に基づいた共同体実験が行われた。第二次世界大戦中には村の住民3名がユダヤ人を匿い、のちに「イスラエルの義人」として認定されている。コミューンの紋章には2024年にブドウの木の意匠が採用され、農業との深いつながりを現代に伝えている。

詳細を閉じる

「Saint-Usage」を拠点とするシャンパン銘柄

※現在「Saint-Usage / サン=ユザージュ」を拠点とするシャンパン銘柄は登録されていません。随時追加銘柄情報を募集しております。コンタクトよりぜひお寄せください。

参考情報