Binson-et-Orquigny / バンソン=エ=オルキニー

バンソン=エ=オルキニーは、村を縦断する小川Ru de Campに15もの橋が架かる珍しい景観を持つヴァレ・ド・ラ・マルヌ右岸の村。オートル・クリュ格付けながらピノ・ムニエが畑の7割を占め、果実味豊かでやさしい酸のシャンパンを生み出します。歴史好きにもおすすめの一本です。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Épernay
郵便番号 : 51700
面積 : 3.39 km2
Coomune内の主要な地区
Reuil, Villers-sous-Châtillon,
隣接するクリュ(Coomune)
Châtillon-sur-Marne, Baslieux-sous-Châtillon, Œuilly, Cœur-de-la-Vallée,

「Binson-et-Orquigny」のぶどう畑

テロワールVallée de la Marne
- Vallée de la Marne Rive Droite
格付け86% Autre Cru [?]
栽培面積156.6 ha
- Chardonnay16.1 ha (10.3%)
- Pinot Noir29.5 ha (18.8%)
- Pinot Meunier110.9 ha (70.8%)
- その他0.1 ha (0.1%)

特徴

畑の約7割を占めるピノ・ムニエが主役となり、ふくよかな果実味とまろやかな口当たりが際立つのがこの村のシャンパンです。ピノ・ノワールがコクを支え、シャルドネがわずかに加わることで輪郭を引き締めます。ザビエ・ロリオのヴィンテージ・キュヴェのように、ピノ・ノワールとピノ・ムニエを軸にシャルドネを少量ブレンドするスタイルが多く、優しい果実味の中に芯のある味わいが感じられます。気取らずに楽しめる親しみやすさがあり、普段の食卓や友人との集まりに開けたい一本として、これから注目したい村です。

テロワール

バンソン=エ=オルキニーのブドウ畑は、Ru de Campという小川が刻んだ短い側谷の斜面に広がっています。隣村ルイユがマルヌ川にほど近い区画を持つのに対し、この村の畑は川から約1km内陸へ入った場所が中心で、同じ右岸でもやや内陸寄りの立地が特徴です。コミューン大部分は穏やかな南向き斜面で、西部には南西向きの区画も見られます。側谷をさらにさかのぼるとヴィレ=ス=シャティオンの畑へとつながっており、土壌や地形は隣接地域と連続性を持ちながらも、村独自の谷あいの地形がブドウに安定した日照と風通しをもたらしています。この緩やかな南向きの谷地形が、ピノ・ムニエに穏やかな成熟と柔らかな酸をもたらす土台になっています。

詳細

バンソン=エ=オルキニーは、ヴァレ・ド・ラ・マルヌ・リヴ・ドロワ(マルヌ右岸エリア)に位置する村です。コミューンの境界はマルヌ川まで及びますが、実際の集落とブドウ畑はRu de Campという小川沿い、川から約1km内陸に入った場所に広がっています。村の中をこの小川が縦断し、15もの橋が架かる独特の景観で知られています。隣接するのは南東のルイユ、東北東のヴィレ=ス=シャティオン、西・北のシャティオン=シュル=マルヌ、マルヌ対岸のウイィです。マルヌ右岸沿いの一帯では川沿いに平地農地が広がる一方、ブドウ畑や村自体は川に直接面さない立地が多く、これはこの村を含む区間に共通する地理的特徴です。

テロワールの特徴

ブドウ畑はRu de Campが刻んだ短い側谷に位置し、隣村ルイユよりもマルヌ川からやや離れた立地です。この側谷をさかのぼるとヴィレ=ス=シャティオンの畑へと連続しており、隣接コミューンとの地形的なつながりがうかがえます。斜面の向きはコミューン大部分が穏やかな南向きで、西部には南西向きの区画も含まれます。村の北東部にある単一畑「Les Clos des Niards」は南東向きの区画で一部のみがブドウ栽培に使われ、南東部の「Les Louves」はルイユとの境界沿いに広がる南向きの区画です。後者ではヴィレ=ス=シャティオンの生産者Collard Picardが、ここで収穫したピノ・ムニエで単一畑のスティルロゼを手がけています。栽培面積はピノ・ムニエが圧倒的多数を占め、続いてピノ・ノワールシャルドネの順で、この比率がそのまま村のシャンパンのスタイルに反映されています。

主要生産者

この村を代表する造り手の一人がザビエ・ロリオ(レコルタン・マニピュラン)です。バンソン=エ=オルキニーのほかヴィレ=ス=シャティオン、ルイユにまたがる計10.5haの畑を所有し、ヴィニュロン・アンデパンダンにも加盟しています。ヴィンテージ・キュヴェはピノ・ノワール45%・ピノ・ムニエ30%・シャルドネ25%という配合で造られるほか、酸化防止剤無添加にこだわった「100S」シリーズも手がけ、伝統と実験精神を併せ持つ生産者として知られています。

ディッソー・ヴァンドラエーウもまた村を象徴する造り手です。畑の大半をピノ・ムニエが占め、トップキュヴェ「Cuvée Préstige Ephémère」はピノ・ノワール50%・ピノ・ムニエ50%というシンプルかつ大胆な配合で、この村らしいピノ・ムニエの個性を前面に押し出したスタイルです。

このほかにも、村の個性を支える生産者たちがいます。

  • ディッソー・ブロッショ(レコルタン・マニピュラン):バンソン=エ=オルキニーを含むマルヌ渓谷4村とコトー・シュッド・デペルネ2村に畑を持ち、複数のテロワールを横断したブレンドを得意とします。
  • ムース・グロトー・エ・フィス(レコルタン・マニピュラン、ヴィニュロン・アンデパンダン加盟):マルヌ渓谷7村に畑を持ち、ピノ・ムニエ70%・シャルドネ20%・ピノ・ノワール10%の構成で、広域ブレンドによる安定したスタイルを志向します。
  • ジルメール・エティエンヌ(レコルタン・マニピュラン):ヴィンテージ・キュヴェを手がける一方、シャンブル・ドット(民宿)も兼業し、畑とともに村の暮らしを伝える存在です。
  • ブティリエ・ポワスネ(レコルタン・マニピュラン、ヴィニュロン・アンデパンダン加盟):独立栽培家としての姿勢を貫く、村に根差した小規模生産者です。

歴史

バンソン=エ=オルキニーは、ローマ時代からヴァレ・ド・ラ・マルヌの石橋を擁する要衝として栄えました。当時は「Baginsonensis」と呼ばれ、1954年の発掘調査では「Orme au blocs」遺跡からローマ時代の住居跡(陶芸窯・青銅工房・地下貯蔵室)が発見されています。2001年にはおよそ5万枚の硬貨が発見され、その大半が3世紀のテトリクス1世・2世の時代のものでした。 石橋はランスとオルレアンを結ぶ街道上の重要な河港でしたが、1228年にシャティヨン家とシャンパーニュ伯の抗争で破壊され、その後は渡し船に置き換えられました。1575年にはギーズ公アンリとドイツ兵との戦闘がこの地で起こり、アンリが顔に負った傷から「バラフル(傷顔)」の異名を得たという逸話も伝わっています。 第一次世界大戦では村は大きな被害を受け、1921年に「クロワ・ド・ゲール(戦功十字章)」が授与されています。2023年1月1日、隣接コミューンと合併して新たな自治体「クール=ド=ラ=ヴァレー」の一部(委任コミューン)となり、現在に至ります。

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「Binson-et-Orquigny」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報