Montmirail / モンミライユ

モンミライユは、ナポレオンが輝かしい勝利を収めた古都でありながら、シャンパーニュの未来を担う新顔としても注目されはじめた村です。マルヌ県の最西端、ヴァル・デュ・プティ・モランの砂質の丘に育つのは、ピノ・ムニエを主役とするブドウ。いまだAOP(原産地呼称)には未収録ながら、その拡張候補として静かに脚光を浴びはじめています。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Épernay
郵便番号 : 51210
面積 : 48.82 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Corrobert, Bergères-sous-Montmirail, Vauchamps, Mécringes, Le Gault-Soigny, Dhuys et Morin-en-Brie,

「Montmirail」のぶどう畑

特徴

ピノ・ムニエを軸に、シャルドネがしなやかさを添えるのがこのエリアの持ち味です。完熟した白桃や洋梨を思わせる親しみやすい果実味に、砂質土壌ならではの軽やかな口当たりが重なり、肩肘を張らずに楽しめる一杯に仕上がります。造り手は自社畑を耕す家族経営のグロワーが中心で、大量生産にはない素朴であたたかな個性が宿るのも見どころ。AOP拡張の候補地に名が挙がるいまは、評価が定まる前のテロワールを探る楽しみがあり、好奇心旺盛な飲み手にこそ、ひと足先に味わってほしい一本です。

テロワール

モンミライユは、シャンパーニュの中心地から西へ離れたブリ・シャンプノワーズに属し、砂質を主体とする地層が広がります。眼下を流れるプティ・モラン川の渓谷は、この砂層が長い年月をかけて削られて生まれたもので、ジュラ紀から古第三紀の温暖な海がのこした貝化石なども各所で見つかります。村の中心は標高205メートルほどの岬状の高台にあり、風が抜けるぶん気候はやや厳しめ。それでも丘の斜面には南向きの穏やかな傾斜が刻まれ、南隣のベルジェール=ス=モンミライユでは、ブータヴァン集落を中心にピノ・ムニエ主体の南向き畑が知られています。ヴァル・デュ・プティ・モラン全体ではピノ・ムニエが栽培の半数近くを占め、北へ向かうほどミネラル感とエレガンスが、南へ向かうほど力強さが増す傾向。砂がもたらす軽やかさと高台の冷涼さが、この地のブドウに親しみやすい果実味と伸びやかな酸を授けます。

詳細

場所・地理

モンミライユは、マルヌ県の最西端に位置するコミューンです。グラン・エスト地域圏に属し、行政上はエペルネ郡が管轄します。西はエーヌ県、南はセーヌ=エ=マルヌ県と境を接する三県の結節点にあたり、古くから「ブリ・シャンプノワーズの首都」とも呼ばれてきました。パリから約100キロ、エペルネからは約43キロ、セザンヌシャトー=ティエリの双方からおよそ25キロという立地です。市街はプティ・モラン川の渓谷を見下ろす岬状の突端に築かれ、標高は112メートルから224メートルにおよびます。シャンパーニュの区分ではコート・デ・ブランの一角をなすヴァル・デュ・プティ・モランに属し、南隣でAOP収録ずみのベルジェール=ス=モンミライユオートル・クリュ)や、西のマルシェ=アン=ブリとともに、このエリア西部の空白を埋める拡張候補に位置づけられています。とりわけマルシェ=アン=ブリは一部がエーヌ県にまたがるため、実現すれば県境をまたぐ初のAOP村となる点でも注目されています。周囲はCorrobert、Vauchamps、Mécringes、Le Gault-Soigny、デュイス・エ・モラン=アン=ブリといった村々に囲まれています。

テロワール

地質的には、シャンパーニュの中心部とは異なるブリ・シャンプノワーズに属し、砂質を主体とした地層が広がります。プティ・モラン川の渓谷はこの砂層が浸食されて形づくられたもので、ジュラ紀や古第三紀の温暖な海に堆積した貝化石や絶滅した動物の化石が随所に残ります。ワイン産地としてのヴァル・デュ・プティ・モラン全体では、栽培面積は約903ヘクタール、生産者は640名あまりを数え、品種構成はピノ・ムニエが約47パーセント、シャルドネが約41パーセント、ピノ・ノワールが約13パーセントと、ムニエが主役を担います。同じエリアでも北部はミネラルとエレガンスに寄り、南部はより力強い性格になるとされ、西の端に立つモンミライユは前者に近い冷涼な個性をもちます。

主要生産者

村の造り手は、自社のブドウから手づくりする家族経営のレコルタン・マニピュラン(RM)が中心です。なかでもG.X. Crochetは、モンミライユ域内のレシェル=ル=フラン地区で16世紀の農場を改修して構えるドメーヌで、持続可能な農法による栽培認証を取得しています。土地に根ざした栽培と小規模な醸造を両立させ、エリアの新しい世代を象徴する一軒です。

もう一軒のGuyot-Pietrementは、村の中心に近いモンレアン通りに居を構える家族経営のドメーヌで、自社畑のブドウから仕立てたシャンパーニュを蔵元で直売しています。いずれも大量生産とは無縁の小さな造り手で、訪ねれば畑から瓶詰めまでの距離の近さを肌で感じられるはずです。

歴史・由来

モンミライユの歴史は古く、ローマ時代にはサン=カンタンからトロワ、モーからシャロン=アン=シャンパーニュへ通じる街道が交わる要衝に小集落が築かれていました。中世には領主モンミライユ家が興り、コネターブル・ド・フランスを務めた福者ジャン・ド・モンミライユを輩出。1284年にはシャンパーニュ伯爵家からフランス王家へと宗主権が移ります。1429年には、ランスでのシャルル7世の聖別式から帰る途上のジャンヌ・ダルクがこの町を通過したと伝えられ、1791年にはヴァレンヌへ逃れる国王一家もここを抜けていきました。とりわけ名高いのが1814年2月11日、ナポレオンの「フランス戦役(6日間戦役)」のさなかに戦われた「モンミライユの戦い」で、ロシア・プロイセン連合軍を破ったこの勝利は同戦役屈指の戦功として語り継がれています。回顧録作家として知られる枢機卿ド・レス(ジャン=フランソワ・ポール・ド・ゴンディ)も、この地の出身です。これだけの歴史を背負った村が、ワインの地図にも正式に名を刻む日は、そう遠くないのかもしれません。

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「Montmirail」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報