Lagery / ラジュリー

ラジュリーは、モンターニュ・ド・ランス北西の外縁、ヴァレ・ド・ラルドルに属するオートル・クリュの村。栽培面積の約7割をピノ・ムニエが占め、このサブ地区らしいムニエ主体のスタイルが村の個性となっている。教皇ウルバヌス2世ゆかりの地という歴史も持つ小村だ。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Reims
郵便番号 : 51170
面積 : 9.34 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Aougny, Lhéry, Vézilly, Arcis-le-Ponsart, Brouillet, Serzy-et-Prin,

「Lagery」のぶどう畑

テロワールMontagne de Reims
- Vallée de l'Ardre
格付け86% Autre Cru [?]
栽培面積47.5 ha
- Chardonnay4.8 ha (10.1%)
- Pinot Noir10.3 ha (21.7%)
- Pinot Meunier32.4 ha (68.2%)
- その他0 ha (0%)

特徴

栽培の約68%を占めるピノ・ムニエが村のシャンパンの骨格をつくり、赤い果実の風味と親しみやすい丸みが前面に出る。ピノ・ノワール(約22%)はそこに骨格と奥行きを加え、シャルドネ(約10%)は少量ながら清涼感に寄与する。生産者 Arthur Lelièvreがラジュリー産ピノ・ノワールのみでリリースする単一村キュヴェ「Le Walin」は、チェリーやカシスのアロマに微かなヘーゼルナッツのニュアンスを持ち、シルキーな口当たりとミネラル感が共存する。ムニエ主体のカジュアルな印象とは別の顔も持つ村であり、食中酒として多様な料理に寄り添う懐の深さがある。

テロワール

ラジュリーの畑は、モンターニュ・ド・ランスの北西端で複数の小河川が形成する谷間に広がる。標高は106 mから246 mにかけて変化し、南部には240 m超の丘陵が連なる起伏ある地形だ。ヴァレ・ド・ラルドルの谷筋に沿って、主要な区画はルイソー・デュ・フール・ア・ショー沿いの村の北西側に集中し、一部は北東側のルイソー・ド・ブルイエ沿いにも広がる。これらの区画は北側で隣村ブルイエの畑と連続しており、地形的な境界は行政区画より緩やかだ。 土壌はモンターニュ・ド・ランス典型のチョーク質を基盤とするが、北西端という立地ゆえ丘陵の庇護が弱まり、大陸性の影響が増す。こうした環境がピノ・ムニエの優勢を支えており、この品種が持つ赤い果実の風味と丸みのある質感は、ラジュリーの斜面と気候の組み合わせによって生まれている。

詳細

ラジュリーはモンターニュ・ド・ランスの北西端、ヴァレ・ド・ラルドルサブエリアに位置するコミューンで、マルヌ県北西部のエーヌ県境付近にある。コミューン総面積は934 haに及び、農業地域的にはタルドノワ(Tardenois)に属する。ランスからは約27 km、ドルマンからは約22 kmの距離で、北にブルイエ、北北東にセルジー=エ=プラン、東にレリー、北西にアルシ=ル=ポンサールが隣接する。

畑は複数の小河川が形成する谷間に展開し、標高は106 mから246 mまで変化する。主要区画は村の北西側のルイソー・デュ・フール・ア・ショー沿いに集中し、一部は北東側のルイソー・ド・ブルイエ沿いにも広がる。総栽培面積47.50 haのうち、ピノ・ムニエが32.40 ha(約68%)と圧倒的な比率を占め、ピノ・ノワールが10.30 ha(約22%)、シャルドネが4.80 ha(約10%)と続く。エシェル・デ・クリュは白・黒ともに86%で、格付けはオートル・クリュにあたる。村内には23の生産者が活動している。

主要生産者の中で注目されるのが Grégoire DeslogeFournaise Voisin の2軒だ。

  • グレゴワール・デスロジェレコルタン・マニピュラン): 自社畑はピノ・ムニエ60%・ピノ・ノワール20%・シャルドネ20%の構成。シャルドネ70%・ピノ・ノワール30%による樽発酵のヴィンテージキュヴェ「Prestige」やブラン・ド・ブランを生産しており、品種比率に反して白品種主体のキュヴェにも力を入れる造り手だ。
  • フルネーズ・ヴォワザン(レコルタン・マニピュラン): 自社畑は約4 haで、シャルドネとピノ・ノワールを主体とするヴィンテージシャンパンを生産。ムニエ優勢の村にあって、白品種とノワールで構成するスタイルで独自性を発揮している。

なおLudes(リュード)に拠点を置く Arthur Lelièvre はラジュリー産のピノ・ノワールを「Le Walin」として単一村キュヴェ化しており、村の個性をダイレクトに表現した一本として知られる。

ラジュリーの名は11世紀初頭の史料に LagereiumLatgereium として登場し、Lageri(1156年)、Lagerium(1167年)など多数の表記変形を経て現在の綴りに至る。1390年時点では Lagery-en-Tardenois とも呼ばれていた。この村にとって最大の歴史的トピックは、教皇ウルバヌス2世(1042–1099)との関係だ。俗名 Odon de Lagery として知られる彼はラジュリーの領主の息子とされ(生誕地については諸説ある)、第1回十字軍の呼びかけで歴史にその名を刻んだ。村にはシャンパーニュの片田舎とは思えない歴史的建造物が3件残る。16世紀建造のアル(穀物・家畜市場)は1922年に、12世紀に遡るサン=マルタン教会は1920年に、それぞれ国家指定文化財に登録された。また13〜16世紀にかけて建造されたシャトー(城郭)は1992年に国家記念物に指定されており、教皇の故郷にふさわしい重厚な歴史的遺産が今も村を彩っている。

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「Lagery」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報