Vitry-en-Perthois / ヴィトリー=アン=ペルトワ

ヴィトリー=アン=ペルトワは、コート・デ・ブラン最南東に孤立するヴィトリャ地区の村。格付けはAutre Cruながら栽培面積の95%以上をシャルドネが占め、骨格のある酸とミネラル感を持つブラン・ド・ブランの個性が光ります。知る人ぞ知る一本を探すなら、見逃せない産地です。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Vitry-le-François
郵便番号 : 51300
面積 : 17.49 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Vitry-le-François, Blacy, Marolles, Loisy-sur-Marne, Couvrot, Reims-la-Brûlée, Plichancourt, Merlaut, Saint-Quentin-les-Marais,

「Vitry-en-Perthois」のぶどう畑

テロワールVitryat
格付け85% Autre Cru [?]
栽培面積61.9 ha
- Chardonnay58.9 ha (95.2%)
- Pinot Noir1.8 ha (2.9%)
- Pinot Meunier1.2 ha (1.9%)
- その他0 ha (0%)

特徴

ヴィトリー=アン=ペルトワで育つブドウの95%以上はシャルドネ。生まれるのは骨格のしっかりしたブラン・ド・ブランで、青リンゴや柑橘を思わせる酸とチョーク由来のミネラル感が前面に出るスタイルです。華やかさよりも、すっと伸びる酸とドライな余韻が持ち味。格付けはAutre Cruで知名度こそ高くありませんが、価格以上の満足感を求める飲み手や、魚介の前菜・牡蠣との食前酒に好相性。気取らず楽しめる一本として、シャルドネ好きには試す価値があります。

テロワール

ヴィトリー=アン=ペルトワの畑は村の北西部、隣接するヴァヴレ=ル=プティとの境界をまたぐひとまとまりの区画に広がります。低い尾根上の穏やかな斜面は南〜南東向きに開け、急峻さのない緩やかな日照条件を生み出しています。ヴィトリャは地質的にはコート・デ・ブランの延長線上にあり、土壌は白亜質(チョーク)を基盤とする点で本家と共通しますが、村が点在する孤立した産地構成という地理的特徴を持ちます。北西にはクヴロ、西北西にはロワジー=シュル=マルヌ、東北東にはメルローが位置し、いずれもヴィトリャを構成する周辺コミューンです。穏やかな斜度と南向きの陽光は、急斜面が生み出す凝縮感とは異なる、ゆるやかに熟したブドウの酸とミネラルのバランスをもたらします。

詳細

ヴィトリー=アン=ペルトワは、マルヌ県のVitry-le-François中心部から北西約3kmに位置するコミューンです。コミューン全体の面積は17.49km²(1,749ha)、人口は851人(2022年時点)で、住民は「パヴォワ(Pavois)」「パヴォワーズ(Pavoises)」と呼ばれます。シャンパーニュAOC内では、コート・デ・ブラン最南東に孤立する産地群「ヴィトリャ」のサブ地区に属し、Vitry-le-François周辺に点在する複数のコミューンの一つを構成しています。村内をシェ川(Chée)がソール川(Saulx)に合流しながら流れ、ソール川は東部の市境を形成したのち村を西向きに貫いています。シャンパーニュ産地内で隣接するのは、北西のクヴロ、西北西のロワジー=シュル=マルヌ、東北東のメルローです。

テロワールの特徴

畑は村の北西部、隣接するヴァヴレ=ル=プティとの行政境界をまたぐ、まとまった一区画として存在します。地形は低い尾根上の穏やかな斜面で、南〜南東向きの露出を持ち、急峻な傾斜地に見られるような強い凝縮感よりも、緩やかな日照のもとでゆっくりとブドウが熟す環境です。ヴィトリャ地区は地質的にはコート・デ・ブランの延長線上に位置し、白亜質(チョーク)を基盤とする土壌が主体である点は本家と共通します。一方で、点在する複数のコミューンから構成される孤立した産地群という点が、連続した丘陵地帯を持つコート・デ・ブラン中心部との地理的な違いです。栽培面積61.90haのうち58.90haをシャルドネが占め(全体の約95%)、ピノ・ノワール1.80ha、ピノ・ムニエ1.20haはごくわずかにとどまり、ほぼシャルドネ単一品種の産地となっています。

主要生産者

Guy Chevalierは、ヴィトリー=アン=ペルトワを拠点とするグロワイヤン(栽培家)です。村内の畑でブドウを栽培し、地域に根ざした小規模生産者として知られています。

Munier-Chevalierは同村を拠点とするレコルタン・マニピュラン(RM、自社畑のブドウのみで醸造・瓶詰めを行う生産者区分)です。テイスティングや畑見学も提供しており、ヴィトリャ地区を訪れる際に生産現場を直接知ることができる地元生産者として位置づけられます。

歴史・由来

ヴィトリー=アン=ペルトワの歴史はローマ時代にまで遡ります。451年、フン族によるペルト(Pert)の破壊を経て、ヴィトリは旧ペルトワ地域最大の都市となり、ペルトワ(Perthois)の新たな中心地としての役割を担うようになりました。その後アウストラシア(Austrasia)の一部となり、613年にはネウストリア(Neustria)に服従しています。929年には国王ラウール(Raoul)の兄弟ボーソン(Boson)が城を建設しました。この城はのちにヴェルマンドワ伯(Counts of Vermandois)との係争の的となりますが、1077年にシャンパーニュ伯爵領(Counts of Champagne)に帰属します。以降、ヴィトリは伯爵領直轄地、代官区、さらにバイユヴィックの中心地として機能しました。現在の村名「ヴィトリー=アン=ペルトワ」は、この歴史的地域名「ペルトワ」に由来しています。

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「Vitry-en-Perthois」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報