Saint-Amand-sur-Fion / サン=タマン=シュル=フィオン

サン=タマン=シュル=フィオンは、シャンパーニュ東端のヴィトリャ地区に位置する100%シャルドネの村。エシェル・デ・クリュ84%のオートル・クリュながら1989年にAOCへ復帰した歴史を持ち、総栽培面積12.3 haとこぢんまりした規模のなかにシャルドネ一本に賭けた個性が宿る。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Vitry-le-François
郵便番号 : 51300
面積 : 28.40 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Soulanges, Aulnay-l'Aître, La Chaussée-sur-Marne, Saint-Lumier-en-Champagne, Lisse-en-Champagne, Vanault-le-Châtel, Dampierre-sur-Moivre, Saint-Jean-sur-Moivre,

「Saint-Amand-sur-Fion」のぶどう畑

テロワールVitryat
格付け84% Autre Cru [?]
栽培面積12.3 ha
- Chardonnay12.3 ha (100%)
- Pinot Noir0 ha (0%)
- Pinot Meunier0 ha (0%)
- その他0 ha (0%)

特徴

栽培品種は100%シャルドネで、ヴィトリャ地区のシャルドネはコート・デ・ブランの中心部——アヴィーズやル・メニル=シュル=オジェといった著名なグラン・クリュ村——とは土壌の成り立ちが異なる。白亜質主体ではなく第三紀堆積物の丘陵で育つため、より内陸的な骨格を持つ白ブドウの個性が引き出される。AOC復帰からまだ35年余りという産地としての若さも相まって、ここで生まれるブランド・ブランは、コート・デ・ブランの「教科書的な」ミネラル感を求めるよりも、ヴィトリャという辺境テロワールの素顔に興味を持つ探求的な飲み手に向いている。

テロワール

サン=タマン=シュル=フィオンの畑は村の東側に2つのブロックに分かれて広がり、南西から南に向いた緩やかな斜面が特徴だ。東隣のリス=アン=シャンパーニュの畑と地続きになっており、標高は99 mから225 mの幅がある。 村の中央にはフィオン川が流れ、両岸に集落が形成されている。この川は全長21 kmで、一度も干上がったことがないと言われ、かつては複数の水車小屋が稼働していた。気候はケッペン分類のCfb(温暖湿潤気候)に属し、年平均気温は10〜11℃台、年間降水量は700〜760 mm程度で、降水が年間を通じて平均的に分布する。 ヴィトリャ地区全体の傾向として、シャンパーニュ中心部の純粋な白亜質土壌とは異なり、第三紀堆積物を主体とする丘陵地形が基盤をなす。この土壌の違いが、コート・デ・ブラン中枢部のシャルドネとは異なる風土的個性をサン=タマン=シュル=フィオンのブドウに与えている。

詳細

サン=タマン=シュル=フィオンは、ヴィトリャ地区の中心都市ヴィトリー=ル=フランソワから北へ約9 kmに位置するコミューンだ。ヴィトリャは行政的にはコート・デ・ブランの管轄に置かれているものの、地理的にはコート・デ・ブランの丘陵地帯から東へ大きく離れた独立した台地であり、サン=タマン=シュル=フィオンはそのヴィトリャのなかでも人口・規模ともに比較的大きな村として知られる。コミューンの総面積は2,840 ha、人口は約1,015人(2023年)で、住民はゴダン(Godins / Godines)と呼ばれる。

村の地理を特徴づけるのがフィオン川の存在だ。全長21 kmのこの川は村の中央を流れ、バスに源を発してバスエ、サン=リュミエ=アン=シャンパーニュを経由し、ラ・ショセー=シュル=マルヌでマルヌ川に合流する。かつて一度も干上がったことがないとされ、川沿いには水車小屋の跡が複数残る。ブドウ畑は村の東側に2つのブロックに分かれており、南西から南向きの斜面が広がる。東隣のリス=アン=シャンパーニュの畑と連続しており、標高は99 mから225 mに及ぶ。

ヴィトリャ地区全体として、土壌はコート・デ・ブランの中枢部に広がる白亜質とは性格が異なり、第三紀堆積物を主体とする丘陵地形が形成されている。この地質的な差異が、同じシャルドネ100%でありながらコート・デ・ブランのそれとは異なるテロワール表現をもたらしている。気候はCfb(温暖湿潤気候)に属し、年平均気温10〜11℃台、年間降水量700〜760 mm程度で、パリ盆地北東部の冷涼な条件のなかブドウが育まれる。

歴史:AOC除外と1989年の復帰

この村のシャンパーニュ産地としての歴史は波乱に富む。中世にはシャロン大聖堂参事会の重要な所領として栄え、1189年にはホスピタル騎士団の司令部(コマンドリー)が置かれた。18世紀には葡萄栽培が非常に盛んで、1736〜1778年の史料には194〜228.5 haものブドウ畑が記録されている。1790〜1791年の土地台帳では、ヴィトリャ地区で200 haを超えるブドウ畑を持つわずか4コミューンの一つに名を連ねていた。

しかしその後、フィロキセラ禍による急激な縮小が続き、さらに20世紀中盤にシャンパーニュAOCが整備される過程でサン=タマン=シュル=フィオンは一時アペラシオンから除外された。転機は1962年——INAOがヴィトリャ地区の再審査を開始し、1989年にようやくヴィトリャ13コミューンの一つとして再加入が認められた。当初はコート・アダム(Côte Adam)の3 haのみが承認され、その後9 haが追加されて現在の12.3 haに達している。1927年時点でもまだ62 haが残っていたことを考えれば、現在の規模はかつての栄光からすると象徴的な復活と言えるだろう。新植は1969〜1973年と1989〜1990年の2波にわたって行われており、オートル・クリュ(エシェル・デ・クリュ84%)の格付けのもと、現在24名の生産者がシャルドネ専作でこの土地の再生を担っている。

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「Saint-Amand-sur-Fion」を拠点とするシャンパン銘柄

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