Moslins / モスラン

モスランはコトー・シュッド・デペルネに属するオートル・クリュの小村。総栽培面積わずか14.70 haながら、シャルドネが58%を占め、隣接するコート・デ・ブラン寄りの白亜質テロワールが際立つ個性を生み出している。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Épernay
郵便番号 : 51530
面積 : 11.72 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Mancy, Grauves, Montmort-Lucy, Morangis, Chaltrait, Villers-aux-Bois, Blancs-Coteaux,

「Moslins」のぶどう畑

テロワールVallée de la Marne
- Côteaux Sud d'Epernay
格付け84% Autre Cru [?]
栽培面積14.7 ha
- Chardonnay8.7 ha (59.2%)
- Pinot Noir1.3 ha (8.8%)
- Pinot Meunier4.7 ha (32%)
- その他0 ha (0%)

特徴

栽培面積の58%をシャルドネが占めるモスランのシャンパンは、白亜系土壌に由来するキリッとしたミネラル感が軸になる。コート・デ・ブランほど純粋な白亜環境ではないものの、砂質成分が加わることで口当たりに適度な肉付きが生まれ、研ぎ澄まされた緊張感と果実の充実感が共存するスタイルに仕上がる。ピノ・ノワール9%・ピノ・ムニエ33%がアクセントとなり、飲み口の幅を補完する。食前酒としてだけでなく、繊細な白身魚料理や軽いクリームソースの料理とともに楽しみたい一杯だ。

テロワール

モスランはヴァレ・ド・ラ・マルヌの南縁、エペルネの南方に広がるコトー・シュッド・デペルネ地区の中でも、コート・デ・ブラン境界に最も近い村群の一つに位置する。村はマンシー川支流のダルシー渓谷に抱かれ、東〜南東向きの斜面に畑が広がる。北北東にはマンシー、北西にはモランジ、東にはグローヴ(プルミエ・クリュ)が隣接し、コトー・シュッド・デペルネの中でも格上の村に囲まれた位置にある。 コトー・シュッド・デペルネの中でも南に向かうほど表土が薄くなり白亜(チョーク)の影響が強まる傾向があり、モスランはマンシー・モランジと並んでシャルドネ優勢クラスターの最右翼に位置する。土壌は白亜層と砂質成分の混合が主体で、部分的にフリント(火打石)を含む区画も存在する。林野が総面積の約70%を占める地形が、渓谷の気温を穏やかに保ち、ブドウの生育環境を安定させる役割を果たしている。こうした白亜優勢の土壌構成が、シャルドネに酸の骨格とミネラルの緊張感を与え、産地の特性を刻み込む。

詳細

モスランはヴァレ・ド・ラ・マルヌ南縁のコトー・シュッド・デペルネに属するコミューンで、エペルネの南方に位置する。マンシー川支流のダルシー渓谷の谷間に村が形成され、総面積1172 haのうち林野が約70%を占める小さな農村だ。北北東にマンシー、東にプルミエ・クリュのグローヴコート・デ・ブランの縁に位置する)、北西にモランジが隣接し、コトー・シュッド・デペルネの中でも格上の村に囲まれた立地にある。

テロワール

コトー・シュッド・デペルネは地質的に多様な地区だが、モスランは白亜と砂の比率が高い南寄りのクラスターに属する。南に向かうほど表土が薄くなり白亜の影響が強まるという地区の傾向の中で、モスランはマンシー・モランジとともにシャルドネ優勢ゾーンを形成している。畑は東〜南東向きの斜面に展開し、周囲の森が温度変化を緩和する。部分的にフリント(火打石)を含む区画も確認されており、ミネラル表現に独特の硬質さをもたらすとされる。総栽培面積は14.70 haと小規模で、ピノ・ムニエ4.70 ha(32%)、ピノ・ノワール1.30 ha(9%)がシャルドネ8.70 ha(59%)を補う構成となっている。

主要生産者

モスランを拠点の一つとする生産者として、Champagne By Fernandが挙げられる。レコルタン・マニピュラン(RM)に分類されるこの生産者は、モスランを含むコトー・シュッド・デペルネ各村に畑を持ち、コート・デ・ブランや周辺地区を含む複数村の区画を組み合わせて計6.5 haを管理している。単一村に留まらない広域的な調達によって、地区の多様な土壌表現をブレンドに活かすスタイルをとっている。

歴史

村名「Moslins」は古いオイル語の「molin」(粉挽き水車)に由来し、文書への初出は1157年にさかのぼる。Molendina(1172年)、Les Moulins(1222年)、Moulins-en-Brye(1573年)と変遷し、1783年に現在のMoslinsへ落ち着いた。1848年時点でも3基の水車が稼働しており、「ビュゾンの水車(Moulin des Buzons)」は第一次世界大戦後に停止するまで村の産業を支えた。歴史的にモスランはアルジャンソル修道院の封地として独自の行政単位を形成しており、隣村モランジから60 haの共有林の割譲を受けるなど、近隣村との複雑な土地関係が記録に残る。1789年の請願書には水路改変をめぐる住民の訴えも収められており、水資源が村の歴史に深く刻まれていたことを示している。現在はコトー・シュッド・デペルネ生産者組合(1996年設立)の加盟13村の一つとして、シャンパーニュAOC産地の資格を持つ。

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「Moslins」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報