Oyes / オイエ

オイエは、ヴァル・デュ・プティ・モラン北部に位置するオートル・クリュの小村。プティ・モラン川に隣接する湿地帯の冷涼な環境を活かし、ピノ・ムニエを主体としたシャンパンを生み出す。エシェル・デ・クリュ評価は白黒ともに85%。

基本情報

地域圏(Région)Grand Est
県(Département)Marne
区(Arrondissement)Épernay
郵便番号 : 51120
面積 : 7.69 km2
隣接するクリュ(Coomune)
Reuves, Villevenard, Talus-Saint-Prix, Soizy-aux-Bois, Mondement-Montgivroux,

「Oyes」のぶどう畑

テロワールVal du Petit Morin
格付け85% Autre Cru [?]
栽培面積17.1 ha
- Chardonnay4.1 ha (24%)
- Pinot Noir4 ha (23.4%)
- Pinot Meunier9 ha (52.6%)
- その他0 ha (0%)

特徴

オイエのシャンパンは、ピノ・ムニエ主体(総面積の約53%)でありながら、プティ・モラン川の北側という立地がもたらすミネラル感と清涼さが際立つ。砂質成分の高い土壌の影響で、シャルドネやピノ・ノワールも含めたブレンドには骨格よりも軽快なテクスチャーが出やすく、重厚な赤系果実よりも果物のみずみずしさが前面に出る傾向がある。食前酒としてだけでなく、軽い前菜や甲殻類との相性が良く、格式ばらないスタイルで楽しめる一本を求める飲み手に向いている。

テロワール

オイエのブドウ畑は村の西側に広がり、標高138〜219mの緩やかな斜面に連なる。北部には広大なサン=ゴン湿地帯(Marais de Saint-Gond)が接しており、プティ・モラン川の流域がもたらす冷涼・多湿の環境は、春の晩霜リスクを高める一方で、晩霜耐性を持つピノ・ムニエの栽培適性を村の主要品種構成の理由のひとつとしている。 土壌はヴァル・デュ・プティ・モランに典型的な粘土石灰岩を基盤としながら、砂岩(フリント・砥石)と白色泥灰岩が混合している。隣村タリュ=サン=プリと比較して砂質成分の比率が高いのがオイエの特徴で、この砂質土壌の割合がワインのテクスチャーに直接影響を与えている。年間平均気温は10.5℃(1971〜2000年平均)、降水量は713mm。この砂質の高い割合が、軽やかなタッチのシャンパンを生む土台となっている。

詳細

オイエはヴァル・デュ・プティ・モランの北部、プティ・モラン川のすぐ南に位置する小さなコミューンで、コミューン全体の面積は769haに及ぶ。北はヴィルヴナール、北東はタリュ=サン=プリ、南はモンドゥモン=モンジヴルー、西はSoizy-aux-Bois、東はReuvesに接し、コート・デ・ブランの南端域から連続する丘陵地帯の中に収まる。人口はわずか106人(2023年)で、村名の由来となった居住者の呼称は「Oyats」(男性形)、「Oyates」(女性形)である。エペルネ郡に属し、カントン・ド・セザンヌ=ブリ=エ=シャンパーニュを構成する一村である。

テロワールの詳細

ブドウ畑は村の西側に集中し、標高138〜219mの緩やかな斜面を形成している。土壌は粘土石灰岩を基盤に、砂岩(フリント・砥石)と白色泥灰岩が混合した構成で、タリュ=サン=プリと比べて砂質土壌の比率が高い点がオイエの地質的特徴として挙げられている。北部に広がるサン=ゴン湿地帯と隣接するため、プティ・モラン川流域特有の冷涼・多湿な環境にさらされやすく、特に春の晩霜リスクは高い。この条件がピノ・ムニエを主要品種とする理由のひとつとなっており、総栽培面積17.10haのうちピノ・ムニエが約9haを占める。格付けはオートル・クリュ、エシェル・デ・クリュは白黒ともに85%。

生産者について

オイエには29の生産者が記録されているが、詳細が確認できる生産者は限られている。村内の生産者のひとつLiégeois-FauchonはRCで、オイエの規模感を示す存在として知られる。また、タリュ=サン=プリを本拠地とするJeaunaux Robinは近年オイエのブドウ畑にも活動範囲を広げており、砂質成分の高いオイエの区画を独自のキュヴェに取り込んでいる可能性がある。

歴史と地名の由来

地名の最古の記録は9世紀中頃の「Cella nomine Augia」にさかのぼる。その後「Oia」(1083〜1108年)、「Monasterium Hoense」(1124〜1130年)などの表記を経て現在の「Oyes」に至る。語源はラテン語下級語「Augia」で、「河川沿いの低湿地・湿原」を意味し、ゲルマン語の「awa(水・湿潤な草地)」のフランス語化と考えられている。プティ・モラン川とサン=ゴン湿地帯に隣接するという村の地形が、そのままコミューン名の語源に刻まれていることになる。近代史においては、1914年9月の第一次マルヌ会戦でサン=ゴン湿地帯周辺が主要な戦場となり、ドイツ軍の進撃が阻まれた歴史的な場所でもある。この戦いは第一次世界大戦の大きな転換点のひとつとして記録されており、オイエはシャンパンの産地としてだけでなく、歴史的な土地としての側面も持っている。

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「Oyes」を拠点とするシャンパン銘柄

参考情報