Mondement-Montgivroux / モンドゥモン=モンジヴルー
モンドゥモン=モンジヴルーは、ヴァル・デュ・プティ・モランの最南端近くに位置する人口わずか29人の極小村。オートル・クリュながら、第一次マルヌ会戦の激戦地として歴史に刻まれたコミューンでもある。
基本情報
| 地域圏(Région) | Grand Est |
| 県(Département) | Marne |
| 区(Arrondissement) | Épernay |
| 郵便番号 : | 51120 |
| 面積 : | 7.37 km2 |
| 隣接するクリュ(Coomune) | |
| Broyes, Allemant, Reuves, Oyes, Soizy-aux-Bois, La Villeneuve-lès-Charleville, |
「Mondement-Montgivroux」のぶどう畑
| テロワール | Val du Petit Morin |
| 格付け | 85% Autre Cru [?] |
| 栽培面積 | 6.8 ha |
| - Chardonnay | 0.9 ha (13.2%) |
| - Pinot Noir | 2 ha (29.4%) |
| - Pinot Meunier | 3.9 ha (57.4%) |
| - その他 | 0 ha (0%) |
特徴
モンドゥモン=モンジヴルーは、ヴァル・デュ・プティ・モランの南端寄りに位置する極小コミューンで、面積737 ha、人口はわずか29人(2023年)。プティ・モラン川の南側に集落と畑が広がり、北はオイエ、南南東はアルマン、南南西はブロイエと接する。アルマンとブロイエはいずれもコート・ド・セザンヌのセザンヌ地区に属しており、このコミューンはその境界線のすぐ外側にあたる。ブドウ畑は6.80 haと小規模で、栽培面積の約57%をピノ・ムニエが占め、ピノ・ノワール(約29%)、シャルドネ(約13%)と続く構成は、ヴァル・デュ・プティ・モランの典型的な品種バランスを体現している。エシェル・デ・クリュは85%。コミューンに拠点を置くシャンパン生産者は現時点では確認されていない。
コミューン名は1845年の合併に由来する。「Mondement」は1128年の文書に"Mons Ademanni"として初めて登場し、合併相手の「Montgivroux」は1124〜1130年頃の"Mons Givroldi"を起源とする。歴史の舞台となったのは1914年9月で、第一次マルヌ会戦においてフランス第19猟兵大隊がモンジヴルー城とモンドゥモン城に布陣し、サン=ゴン湿地を迂回してパリへ南進しようとするドイツ軍を阻止した。この戦いを記念するコンクリート製記念碑「モニュメント・ナショナル・ドゥ・ラ・ヴィクトワール・ドゥ・ラ・マルヌ」(高さ35.5 m、1951年除幕)が村の丘に立ち、今もサン=ゴン湿地を見渡す。詩人ジャン・コクトーが1917年にモンドゥモン城に滞在したことも知られている。
テロワール
モンドゥモン=モンジヴルーの畑は、村のすぐ北側にひとまとまりで広がり、なだらかな斜面を形成している。標高は215 mで、プティ・モラン川が刻む谷地形の南縁に当たる位置にある。隣接するブロイエやアルマンはコート・ド・セザンヌのセザンヌ地区に属しており、このコミューンはその境界のすぐ北側でヴァル・デュ・プティ・モランとして区分される。北側のオイエとともに、プティ・モラン川を挟んだ微細な地形差が土壌構成と品種適性の違いを生んでいる。年間平均気温10.7℃、年間降水量776 mmという数値は、コート・ド・セザンヌとの気候的連続性を示す一方、谷地形が生む局所的な冷涼さがムニエの栽培を後押しする。白亜質母岩の影響を受けつつも、川沿いの低地に特有の粘土質が混じる土壌が、果実のふくらみを引き出す下地となっている。
「Mondement-Montgivroux」を拠点とするシャンパン銘柄
※現在「Mondement-Montgivroux / モンドゥモン=モンジヴルー」を拠点とするシャンパン銘柄は登録されていません。随時追加銘柄情報を募集しております。コンタクトよりぜひお寄せください。
参考情報
fr.wikipedia.org, en.wikipedia.org, maisons-champagne.com, winetomas.wordpress.com, Google Maps, OpenStreetMap,