Montgenost / モンジェノスト
基本情報
| 地域圏(Région) | Grand Est |
| 県(Département) | Marne |
| 区(Arrondissement) | Épernay |
| 郵便番号 : | 51260 |
| 面積 : | 8.40 km2 |
| 隣接するクリュ(Coomune) | |
| Potangis, Bethon, Nesle-la-Reposte, Villenauxe-la-Grande, Périgny-la-Rose, La Villeneuve-au-Châtelot, Plessis-Barbuise, |
「Montgenost」のぶどう畑
| テロワール | Côte de Sézanne |
| 格付け | blanc:87%,noir:85% Autre Cru [?] |
| 栽培面積 | 108.2 ha |
| - Chardonnay | 101.6 ha (93.9%) |
| - Pinot Noir | 5.6 ha (5.2%) |
| - Pinot Meunier | 0.5 ha (0.5%) |
| - その他 | 0.5 ha (0.5%) |
特徴
テロワール
詳細
モンジェノストは、マルヌ県エペルネ郡に属し、オーブ県境に接するコート・ド・セザンヌ地区(Sézannais)の最南西端に位置する村です。セザンヌの中心町から見ると、地区内でも最後から2番目にあたる奥まった立地にあり、コミューン総面積は840ha、標高は195m。2023年時点の人口は161人と小規模で、住民はMontgenostiers / Montgenostièreと呼ばれます。北東にはBéthon、西にはVillenauxe-la-Grandeが隣接し、それぞれの村の畑とぶどう畑が連続する景観を形成しています。
テロワールの特徴
畑は村の北から北西にかけて、緩やかな南〜南東向きの斜面に広がっています。地盤は白亜(craie)を基盤としつつ、その上に砂岩(grès)の層が存在するのがこの村の地質的な特徴で、地元生産者はこの砂岩を採取し、醸造容器(jarres・卵型容器)を自ら製作するという独自の実践を行っています。「100% Montgenost」を掲げるシャンパーニュ造りには、こうした土地固有の器が活かされています。テロワール全体は「solaires et terriennes(太陽に満ち、大地の)」と形容され、Sézannais地区はコート・デ・ブランと地質的な類似性を持つことから、白亜質土壌に由来するミネラリティが際立つ点も共通しています。
主要生産者
この村を代表する造り手がBenoît Cocteauxです。1966年、祖父Eugène Cocteauxがアイ・シャンパーニュからモンジェノストに移住したことが創業の始まりで、現在はモンジェノスト、ヴィラノーズ・ラ・グランド、コート・デ・バー等に約8haの畑を所有するレコルタン・マニピュラン(RM)です。ヴィニュロン・アンデパンダンおよびSECRAIEのメンバーでもあり、環境価値認定(HVE)を取得。地元産の砂岩で作った容器でシャルドネを醸造する手法を実践しており、代表キュヴェ「Seigneur Génod」(ヴィンテージ・ブラン・ド・ブラン)にその個性が表れています。
- Jacques Copinet(RM):SECRAIEメンバー。Villenauxe-la-Grandeの生産者Marie Copinetと密接な関係を持つ造り手で、代表キュヴェ「Marie Etienne」(ヴィンテージ・ブラン・ド・ブラン)のほか、「Jean Larrey」のブランド名でもキュヴェを展開しています。
- Hubert Thiébault(RC):モンジェノスト、ヴィラノーズ、ヴェルテュス、ル・メニル・シュル・オジェにまたがる4.7haの畑を所有し、代表キュヴェ「Eugène Thiébault」(NVブラン・ド・ブラン)を生産しています。
歴史・由来
モンジェノストには、モナコ公国グリマルディ家の祖先にあたるMarie Françoise Henriette Le Gras de Vaubercey(1766〜1842年)の出身地という由緒があり、彼女の家系は現在もモンジェノストにシャトーを所有しています。1880年にはモナコ公シャルル3世が感謝の意を込めて村の教会に寄付を行い、ステンドグラスと木製祭壇が設けられました。1814年の対仏大同盟戦争(Campagne de France)の際には、ナポレオンがモンジェノストに立ち寄り、旧知の間柄であった当時の市長de Vaubercey氏と再会したという逸話も村史に残っています。また1780年にはルイ16世の銃士としてエルミオーヌ号に乗り、ラ・ファイエット侯爵のアメリカ遠征に加わった人物がモンジェノスト出身であったとされ、その墓石は今も村の教会に残されています。かつて村周辺では粘土採掘が盛んで、住民は「les gueules blanches(白いのど)」と呼ばれていました。この粘土と砂岩という地下資源は、現代では醸造容器の製作という形でこの村のワイン造りに受け継がれています。なお、Cocteaux家は1650年から代々シャンパーニュ醸造に携わる家系で、Sézannais地区で最初にレコルタン・マニピュランとして自社元詰めシャンパーニュを手がけた家系としても知られています。
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