Mercier / メルシエは、フランス北東部のシャンパーニュ地方で生産されるシャンパン(発泡性ワイン)の銘柄、Épernayを本拠とするNM / ネゴシアン・マニピュランの銘柄です。
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目次

Mercier / メルシエ

Mercier

メルシエ

メルシエは1858年、弱冠20歳のウジェーヌ・メルシエが創業したネゴシアン・マニピュラン(NM)。エペルネの地下30mに全長18kmのカーヴを持ち、「エリートの飲み物を万人へ」という理念のもと、フレッシュでフルーティな味わいを日常に届けるLVMHグループ傘下メゾン。

基本情報

地区Vallée de la Marne / ヴァレ・ド・ラ・マルヌ
- Côteaux Sud d'Epernay / コトー・シュッド・デペルネ
51200 Épernay / エペルネ
所在地75 avenue de Champagne, 51204 Épernay (Google Maps)
公式サイトhttps://www.champagnemercier.com/
SNS
Tel+33 (0)3 26 51 22 00, +33 (0)3 26 54 84 23(fax)
設立1858
製造業者種別NM
資本グループLVMH Moët Hennessy Louis Vuitton 傘下

商品更新情報

特徴・スタイル

メルシエのシャンパーニュは、フレッシュでフルーティな味わいを軸とする明快なスタイルを貫く。コート・デ・ブランのシャルドネ、モンターニュ・ド・ランスのピノ・ノワール、ヴァレ・ド・ラ・マルヌのピノ・ムニエと、シャンパーニュ地方を代表する3つのエリアから調達したブドウを組み合わせることで、果実味とフレッシュ感を両立させたバランスの良い味わいを目指す。 創業者ウジェーヌ・メルシエが掲げた「エリートの飲み物を万人へ」という理念は、フォーマルな祝宴だけでなく日々の食卓にも寄り添うカジュアルな飲用シーンを意識したポジショニングとして、現在のブランドにも脈々と受け継がれている。

歴史・ブランドストーリー

メルシエは1858年、弱冠20歳のウジェーヌ・メルシエによって創業された。ナポレオン3世治世下、「エリートの飲み物であったシャンパーニュを、品質を落とさず万人が楽しめるものにする」という理念を掲げ、1869年からはアヴニュ・ド・シャンパーニュに拠点を構えた。1871年には地下の白亜岩盤にカーヴの掘削を開始し、6年の歳月をかけて全長18kmのトンネルを完成させる。1889年のパリ万博では、ハンガリー産オーク150本を使い24頭の牛に牽かせてパリまで運んだ世界最大級の大樽「フードル」を出品し、銀賞を獲得(金賞はエッフェル塔)した。 1900年万博でも気球型の「空飛ぶバー」を企画するなど、話題づくりを厭わない姿勢が創業者の個性を物語る。1904年に創業者が没し、1927年には「ドン・ペリニヨン」の名称をモエ・エ・シャンドンに譲渡したとされる。1970年にはそのモエ・エ・シャンドンと合併し、1987年には複数回の合併を経てLVMHグループの傘下に加わった。2013年にはボトルデザインを刷新し、創業者の理念は今も受け継がれている。

詳細

メルシエは、LVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)グループ傘下のMHCSが運営するSA(株式会社)体制のネゴシアン・マニピュラン(NM)である。本拠を置くエペルネはマルヌ県のシャンパーニュ地方を代表する街のひとつで、メルシエは創業以来この地のアヴニュ・ド・シャンパーニュに拠点を構えている。

自社畑は249haを超え、コート・デ・ブランのシャルドネ、モンターニュ・ド・ランスのピノ・ノワール、ヴァレ・ド・ラ・マルヌのピノ・ムニエと、シャンパーニュを代表する3つのエリアに分散して所有している。これら自社畑で生産量の約半分を賄い、残りは契約栽培農家や協同組合カーヴから調達することで、安定した品質と供給量を両立させている。畑では昆虫ホテルの設置や生態系保全のための低木植栽など、生物多様性に配慮した取り組みも進めている。

メルシエの主要データ
項目データ
創業年1858年
自社畑面積249ha超
自社畑によるブドウ調達比率約50%
カーヴ全長18km
カーヴ掘削期間6年(1871年着工)
カーヴ地下深度地下30m
ギャラリー数47(うち37が鉄道引込み線に直結)
カーヴ内温度10〜12℃(通年)
年間カーヴツアー来場者数10万人超
LVMHグループ傘下入り1987年

醸造方針とラインナップ

醸造の哲学は、創業以来「エリートの飲み物であったシャンパーニュを、品質を落とさず万人が楽しめるものにする」という理念に貫かれている。コート・デ・ブラン、モンターニュ・ド・ランス、ヴァレ・ド・ラ・マルヌという性格の異なる3エリアのブドウを組み合わせることで、フレッシュでフルーティな果実味とバランスの良い飲み口を実現している。ワインは地下30mの白亜岩盤カーヴで、年間を通じて10〜12℃に保たれた安定した環境の中で熟成される。

ラインナップは、ブラン・ド・ノワールをアイコンキュヴェとするノン・ヴィンテージのブリュットやブリュット・ロゼ、デミ・セックといった日常使いのしやすいレンジを中心に構成される。これに加えて、良年にのみ手掛けるヴィンテージシリーズ「Vendanges Mercier」も展開しており、フォーマルな場にも対応できる奥行きをブランドに与えている。

パリ万博とカーヴの遺産

メルシエの名を広く知らしめたのが、1889年パリ万博に出品した世界最大級の大樽「フードル」である。ハンガリー産オーク150本を用いて製作され、24頭(12対)の牛に牽かせてエペルネからパリまで運ばれたこの大樽は、銀賞を獲得した(金賞はエッフェル塔)。容量は約21万3千本相当・23トンと伝えられ、当時のエペルネの熱狂ぶりを物語る逸話として今も語り継がれている。1900年の万博でも気球型の「空飛ぶバー」を企画するなど、大胆な発想力で話題を呼び続けた。強風でベルギーまで流されるハプニングもあったが、乗客は無事だったという逸話も残る。

カーヴは47のギャラリーが直角に交わるよう設計されており、ニューヨークの街区プランを参考にしたとも言われる。うち37のギャラリーは鉄道の引き込み線に直結し、効率的な出荷を可能にしていた。1885年には一般公開を開始し、1886年には地域でも早期に電気照明を導入するなど、当時としては先進的な設備投資を重ねてきた。彫刻家ギュスターヴ・ナヴレによるバスレリーフ(浮き彫り彫刻)がカーヴ内を飾り、来訪者を出迎えている。

1889年にはリュミエール兄弟に広告映画の制作を依頼し、初期の広告映像の先駆けとして知られる。1891年にはフランス大統領サディ・カルノーがカーヴを訪れ、特別に用意された馬車で見学するなど、メゾンには国家的な賓客も迎えてきた。

こうした歴史を刻む全長18kmのカーヴは、シャンパーニュ地方の丘陵・メゾン・カーヴ群としてユネスコ世界遺産に登録された構成資産のひとつでもあり、年間10万人を超える来場者がカーヴツアーを訪れている。

現在の体制とブランド発信

創業者ウジェーヌ・メルシエの理念は、現在の経営体制にも受け継がれている。社長のシビル・シェレールのもと、醸造責任者(シェフ・ド・カーヴ)はクリストフ・ボヌフォンが務め、創業家の血を引く曾孫(4代目)のエマニュエル・メルシエがブランドアンバサダーとしてメゾンの歴史と哲学を伝える役割を担っている。

2013年にはラベルやロゴ、コルレット(首元の装飾ラベル)を一新し、QRコードを導入するなど、伝統的なカーヴを軸としながらも常に時代に合わせた発信を続けている。

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